ロバーツが乗ったマシンを、レースごとに整理したのが次の表である。

マシン種別 SA F I A E Atr Yg N B GB S SM
旧型サスペンション 初期K1(0W70-B-301)  P* R R P                
初期K2(0W70-B-302)  R* P P R R R            
後期K2(0W70 B 302)             R R P R R R
新型サスペンション 初期(スペイン以降K1)     P   P P** P**          
後期K1               P R P P P
 「R」はレースで使用、「P」はプラクティスのみ使用。「*」はどちらがレースに用いられたか、「**」は初期か後期か不明確。

Sonautoチームのマシン

 これまで、マルボロ・ヤマハ・チーム・アゴスチーニのマシンを中心に見てきたが、ソノートチームのマシンについても簡単に触れてみる。

 第1戦時のマシンは旧型サスペンション・フレーム内燃料タンク仕様だが、シートレール孔はない。第1戦でのK2がフレーム内燃料タンクでなくソノートチームのマシンより後に製作されたと思われるにもかかわらず、シートレール孔がある。シートレールの有無は単なる仕様の差なのだろう。
シーズン中に、マルボロチームのマシンと同様、左のように補助ラジエーターが装着され、ダウンチューブ前側に装着されていた点火コイル2個が
バックボーン部横(新型サスペンションのマシン等より少し後ろの位置)に移設された。ただし、本来の位置に装着ステーが残ったままである。また、左ダウンチューブに燃料タップ取付部が残っている。そして遅くともオーストリアGP(右)までには、スイングアームピボット上部に補強が入れられた(新0W70 B 302よりは小さい)。

 このようなことからすると、このチームはシーズン当初に与えられた2台のフレームを、改修を加えながらシーズンを通して用いたようだ。

1983年全日本選手権

 1983年全日本選手権で0W70に乗ったライダーは次のとおり。

第1戦(鈴鹿2&4)   浅見貞男 第7戦(筑波)    木下恵司、平忠彦
第3戦(鈴鹿)      木下恵司、平忠彦 第8戦(菅生)   木下恵司、平忠彦
第5戦(菅生)      木下恵司、平忠彦 第9戦(日本GP) 木下恵司、河崎裕之、平忠彦
第6戦(鈴鹿200km)  木下恵司    

 日本GPでは次のとおり、3人に各1台のマシンが与えられた。もう1台、カバーを掛けたままのマシン(スペアマシン?)がピットに持ち込まれていた。

0W70-E-307/0W70B-307 0W70-E-308/0W70-B-308 エンジン/フレーム番号不明
   
木下のマシン。旧型サスペンション。シートレール孔、フレームの燃料注入口が見える。タイヤは前後ダンロップ。 河崎のマシン。新型サスペンション。スイングアームピボット部・同上部補強がある。フレーム内燃料タンク仕様ではない。タイヤは前ミシュラン+後ダンロップ。 平のマシン。新型サスペンション。ステアリングヘッドカートリッジが異常に大きい。フレーム内燃料タンク仕様はない。タイヤは前後ダンロップ。

 木下のマシンはフレーム内燃料タンク、シートレール孔有の仕様であり、シーズン前公開写真のマシン、第1戦でのK1と基本的に同じだと思われる。ただし、バックボーン・シートレール間に小さい補強が入っている。

 河崎の新型サスペンションのマシンのスイングアームはイギリスGP以降のものと同じだが、スイングアームピボットはカートリッジ様になっていないGPシーズン前半型 。フレーム内燃料タンク仕様ではなく、シートレール孔もない。
 
 平の新型サスペンションのマシンは次の特徴があるが、テスト用のマシンのようだ。
 ・スイングアームは0W70-B-308と同タイプ。
 ・スイングアームピボット部はカートリッジ様になり補強が入っている。
 ・ステアリングヘッドのカートリッジ部が異常に大きい。
 ・この時期にしては珍しく、スロットルホルダーが片引きタイプであり、キャブレターもピストンバルブの旧型と思われる。
 ・レース後の再車検で(私の聞き間違いかもしれないが)140kgもあった。

 平が新型サスペンションのマシンに乗ったのは第5戦以降であるが、日本GPで使用したマシンが第5戦から使用されていたのかといえば疑問である。また、第3戦で使用したマシンは旧型サスペンションでシートレール孔があり、0W70-B307とほぼ同じ仕様と考えられる。
 浅見が第1戦で使用した旧型サスペンションのマシンはシートレール孔があり、平が第3戦で使用したマシンと同一である可能性がある。
 木下は全レースで旧型サスペンションのマシンを使用した。おそらく0W70-B307を当初から使用したのだろう。

 なお、前ブレーキキャリパーは、シーズンの大半で住友電工製が使用された。写真が少ないのではっきりしないが、木下、平のマシンは第7戦まではこれが装着されていた(おそらく第8戦も)。日本GPでは3台ともブレンボ製が装着された。

TBCビッグロードレース(菅生/ノンタイトル)

  ロバーツのマシンはK2、ローソンのマシンはE1(旧型サスペンション)。
 平、河崎のマシンは日本GP時と基本的に同じようだが、前フォークは0W76(1984年型)と同じタイプである。
 浅見のマシンは旧型サスペンションのマシンでシートレール孔もある。おそらく0W70-B307だろう。

3  シーズン後公開されたマシン

1)東京モーターショー
 東京モーターショーに展示されたマシンは新0W70 B 302(0W、B、302の間の「-」はない)で、幾つかの特徴からサンマリノGP、TBCを走ったK2そのものとわかる。ただし、フェアリングはK1のもの。

   
2)シーズン後プレス公開マシン
 0W70が日本の雑誌に公開され、袋井テストコースでの試乗も行われた。前者のマシン(右)はフレーム番号0W70 B 302がはっきり読み取れるが、フェアリングは東京モーターショー時とは異なり、サンマリノGP時と同じ本来のK2のものである。後者のマシンは東京モーターショー公開時と同じくK1のフェアリングが装着されていた。
いずれも東京モーターショーで展示されたマシンと同一と思われる。
 
 上右端の写真で、ダウンチューブ後端の下に溶接跡がある。第3戦で登場した新型サスペンションのマシンも同様である。これまで、新0W70 B 302はフレーム内燃料タンク仕様ではないとしていたが、フレーム内燃料タンク仕様を改修し、燃料タップ取付部、燃料注入口を切断し蓋をしたものの可能性はある。

 なお、1983年シーズン後、フランスのショーで展示された0W70の会場での表示は「0W71」だった。「0W」記号は単に機種名というだけでなく、ヤマハ社内のプロジェクト名でもある。他機種でも、機種名とエンジン/フレーム打刻が明らかに異なり、打刻は若い番号になっていたことから、打刻はプロジェクト名を表していると思われる。とすると、打刻が0W70であっても、0W71と呼称されるべきマシンが存在した可能性はある。会場での単なる表示ミスの可能性が高いが。


4  1984年
                         
                                      
 1984年の全日本選手権で上野真一、TBCビッグロードレースで浅見貞男が使用した(第1戦で浅見が出場するはずだったが、プラクティスで転倒し、レースは欠場)。いずれも新型サスペンションのマシンである。右は1984年日本GPでの0W70-E-312/0W70-B-308。おそらく、1983年日本GP等で河崎裕之が使用したマシンが1984年を通じて使用されたのだろう。エンジンがいつ積み替えられたかは分らない。前フォークは1983年TBCの時と同じく0W76のものである。
 

5 0W70の分類

  これまで記述した0W70の差異を整理し、
旧型サスペンションのマシンをA型、新型サスペンションのマシンをB型とし、その他の差異により区別し枝番号を付け分類したのが次の表である。

  旧型後サスペンション 新型後サスペンション
分類番号 A-1 A-2 A-3 A-4 A-5 B-1 B-2 B-3  B-4
代表例 ラグナセカテスト シーズン前公開マシン、シーズン
当初の0W70-B-301(旧K1)、シーズン前半のE1、0W70B-307、ラバードが第12戦プラクティスで乗ったマシン
シーズン当初の
0W70-B-302
ソノートチームの
マシン
ユーゴ以降の0W70 B 302(新K2)、シーズン後半のE1 第3戦イタリアGPで登場したマシン、スペイン〜ユーゴのK1 0W70-B-308 オランダ以降のK1、
後半のE2
日本GPでの平のマシン
フレーム内燃料タンク 該当? 該当 非該当 該当 非該当? 該当? 非該当 不明 非該当
バックボーン部点火コイル 無→有(移設)
スイングアームピボットカートリッジ 非該当 該当 非該当 非該当 該当 該当
スイングアームピボット部上部補強 無→極小
バックボーン-シートレール間補強 無(日本GPでの307は小補強有)

シートレール孔
ステアリングヘッドカートリッジ
スイングアーム 同一タイプ? イギリスGP以降、補強追加 1型 2型
備考 16インチ前輪をテスト   シーズン直前に新造?   フレーム内燃料タンク仕様(A-2)を改修の可能性有   旧型サスペンション型の改修? B-1の改修? テスト用?

6 諸元

エンジン形式 2ストローク水冷40度V型4気筒
動力伝達経路 各クランク→クラッチギア→変速機メインシャフト→変速機カウンターシャフト
クランク 2気筒別体、ローラーベアリング×3・ボールベアリング×1(右端)※
クランク回転方向 前方
ボア×ストローク o 56×50.7
吸気制御 Vバンク間ギア駆動ロータリーディスクバルブ
シリンダーポート 排気×3?(パワーバルブ付)、掃気×5
キャブレター ミクニ34o2気筒分一体型ピストンバルブまたはフラットバルブ
点火間隔 180度(対角線上2気筒がそれぞれ同時点火)
点火方式 CDI
変速機 6速
最高出力 PS/rpm 140/11000
フレーム アルミツインチューブ
前サスペンション テレスコピック(キャリパーサポート作動アンチダイブ機構付)
後サスペンション ベルクランク(ショックユニット前傾)/ボトムリンク(ショックユニット直立)、オーリンズ製ショックユニット
前ブレーキ 320φローター×2、対向2ピストンキャリパー/ブレンボ製4ピストンキャリパー
後ブレーキ 220φローター、対向2ピストンキャリパー
前ホイール 2.5×18(モーリス、ベイマグ)、2.5?×17(ダイマグ)
後ホイール 3.5×18(モーリス)
車重 kg 125〜130kg
※MOTO COURSE1983-84ではローラーベアリング×4となっている。0W61は公開された展開図では表のとおり。
7 現存するマシン

(1) 0W70 E 303/0W70 B 302
 
 車体は1983年ユーゴスラビアGP以降使用されたロバーツ最後のマシンだが、キャブレターはピストンバルブでスロットルホルダーも片引きタイプ。1983TBCビッグロードレースを走り、シーズン後公開されたK2はいずれもフラットバルブタイプを装着しており、その後に
キャブレターが変更されたことになる。発電機に、「30212」、「M-X122」の刻印があるが、「M-X122」は下のエンジンと同じなので部品の種類を、「30212」は下のエンジンと異なるので、製造番号を表すのだろう(「30212」の「302」は「83年2月製造」の意と思われる)。「30212」は3-(2)と同じなので、エンジン本体は1983年公開時から積み替えられていない可能性が高い。
(2) 06K-1E-01/ 06K-1B-01
 新型サスペンション車の開発テスト用マシン。フレーム内燃料タンクではないので、1983年シーズン開幕前後に製作されたものと思われる。ベースとなったフレーム、スイングアームは0W70-B-308に似ているが、写真の矢印の部分が異なっており、(1)〜(3)からするとエンジン搭載位置が上げられているようだ。
(1)ダウンチューブの装着位置が15mm程上がっている。
(2)ダウンチューブを切断し、少し上下にずらして溶接。
(3)フレームに切り欠きがある。
(4)バックボーン-シートレール間に補強追加。

 エンジンは0W70そのもので、キャブレターはピストンバルブ。

(3) エンジンのみ 
 エンジン打刻は「0W70-E-×××」であり、「×××」は削り取られていたが、最初の×はかろうじて「3」と読める。発電機に「30201」、「M-X122」の刻印がある。キャブレターはピストンバルブで、0W61の刻印があり、ピストンバルブタイプキャブレターは0W61と共通のようだ。またシリンダーヘッドの刻印は燃焼室容積を表しているようだが、修正後の数字が小さくなっている。第1戦南アフリカGPで使用されたエンジンの可能性がある。
  
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