KR500(603) KAWASAKI
KR500(機種記号603)は1980年から82年の3シーズン、GP500を戦った2ストローク500tロータリーディスクバルブ吸気スクエア4気筒レーシングマシンである。
1978年、79年の2年間、250t、350tクラスにおいてカワサキはロータリーディスクバルブ吸気タンデム2気筒を走らせコーク・バリントンがワールドチャンピオンとなり、カワサキもメーカータイトルを手にしていたが、その余勢を駆ってヤマハ、スズキのファクトリーマシンがタイトルを争っていた500tクラスにも参戦したのである。
KR500の基本的なストーリーはこちらがよくまとまっているのでお読みいただきたい。 WEB Mr.BIKE - ライムグリーン伝説・KR500 (mr-bike.jp) ただし、白黒写真は1980年シーズン前の記者発表のものではなく1981年シーズン前のもので、1981年の「第〇戦」は全て誤り。 |
ここでは、KR500に関して気付いたことを述べる。
1 1980年型
(1)1979配布写真
1979年12月、カワサキKR500が発表され左写真が配布された。公表時の諸元は水冷2ストローク、ロータリーディスクバルブスクエア4気筒、目標出力120PS、アルミモノコックフレーム。
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下左、下右は1979年12月の記者発表時かどうかは判然としないが、同じくKR500の配布写真。
両車共に燃料タンク部に黒いカバーが掛けられており、燃料タンクそのものがモノコックフレームであることを隠すためと思われることから、撮影時期は記者発表前だろう。バリントン自伝(Ballington
Unkorked: The Autobiography of a World Champion Road Racer by Kork
Ballington, Redline Books 2008)によるとテストは「early
December」であり、このことを裏付ける。
(2)バリントン、清原によるテスト
バリントン、清原によるテストが富士スピードウエイで行われた。左のバリントンのマシンの排気管(サイレンサーを除く)、排気サイレンサーは(1)より長く、(3)シーズン前公開マシンとほぼ同じ。
右の清原のマシンのフェアリング外側に膨らみがある。この内側にはキャブレターがあるので下側排気管の取り回しのためとは考え難く、キャブレターへの導風のためと思われる。また、前タイヤの形状が左と右で異なり、左がダンロップ、右がミシュランのようだ。
(3)シーズン前公開マシン
右、下左、下右はシーズン前、イギリスで公開されたマシンで、スイングアームは(1)と後端形状が異なる。(1)より排気サイレンサー、下側排気管(サイレンサーを除く)が長くなっている。テールカウルに小穴が開いた。フレーム下部の塗装はなく、フレーム下部がフレーム燃料タンク部に皿型ボルトで固定されていることが分る。 |
(4)現存するマシン
下左は現存する1980年型KR500でフレーム番号が2つある。下右は同一マシンのエンジン部(RACERS Volume 06(三栄書房2010))に掲載された写真から切り取って白黒化したもの)。
TF603-7902 TF603-8003
スイングアームは(3)と同型のようだ。排気管(サイレンサーを含む)は(2)、(3)に似ている。他の多くの特徴が(1)〜(3)と共通なので、このマシンは(1)〜(3)と同型フレーム、同型エンジンと思われる。以下、これらのマシンを1980年型プロトタイプとする。(1)のCDIローターはインナーローターだが、これはアウターローター。1981年型の3種のCDIローターの1つだが、レストアの段階で装着されたものだろう。クラッチ作動機構は(1)、(3)と同じ。キャブレターは(1)、(3)と異なりマグネシウム合金製。
(5)実戦型1
実戦では(1)〜(4)とは別のマシンがコーク・バリントンに与えられた。下左、下右は第1戦イタリア・プラクティス時のゼッケン11。
下左、下右は第2戦スペイン・プラクティス時で、左がゼッケン31で右がゼッケン31T。
この実戦型1の(1)〜(4)の1980年型プロトタイプとの差異は次のとおり。なお、第3戦フランス、(第4戦、第5戦はバリントンの腹部手術のため欠場)第6戦フィンランド、第7戦イギリスの写真で確認できたバリントンのKR500は上の第1戦、第2戦と同型だった。
A フレーム燃料タンク部の後部と前部の段になる部分が丸く、段差も小さい。 B フレーム下部をフレーム燃料タンク部に固定するボルトが鍋型で、(1)、(3)、(4)は皿型。 C フレーム下部に(1)、(3)、(4)にはない大穴がある。 D その大穴下部の小穴の周囲に(1)、(3)、(4)にはないボルトが4本ある。 E エンジン前のフレームダウンチューブ部の下部前側に(1)、(4)にはない補強がある。 F 前ディスクローターが6本ではなく4本のボルトでホイールに固定されている。ローターにスリットが4本ある。 G (3)、(4)と異なり、テールカウルの小穴がない等、形状が異なる。 |
なお、KR500実戦型1のスイングアームは少なくとも2種ある。上左は3段上左の第1戦イタリアの写真を拡大したもので、(3)、(4)に似ており同型かもしれない。このスイングアームをA型とする。そして上右(レース名不明)のスイングアームをB型とする。2段上左のスペインのゼッケン31はA型、2段上右のスペインのゼッケン31TはB型。なお、第1戦でもゼッケン11TがB型スイングアームを装着していた。シーズン後半はB型が主に用いられたようだ。
また、(1)〜(4)のホイールは全てモーリスで、(5)の上の写真は全てダイマグだが、モーリスも実戦で用いられた。
P シリンダーヘッドからラジエーターへの配管等が(1)、(4)とは異なる(備考参照)。 Q クラッチ作動機構の形状が(1)、(3)、(4)と異なる。左が(3)、中が(4)、右が2段上右(スペイン)のもの。 R CDIローターが(1)と異なりアウターローター型で、(4)とは異なる1980年実戦型。 S キャブレターが(1)、(3)と異なりマグネシウム合金製。 T 排気管長(サイレンサーを除く)が(1)より長く(2)、(3)、(4)とほぼ同じ。 U サイレンサー長が(1)より長く、(2)、(3)、(4)とほぼ同じ。 |
(6)実戦型2 最終戦(第8戦)ドイツでグレッグ・ハンスフォードにもKR500が与えられた。フレーム、前ディスクローター等は(1)〜(4)と同型だが、燃料タンク部とフレーム下部を繋ぐボルトの一部が鍋型に変更されているようだ。スイングアームはB型、テールカウルの小穴はなく、クラッチ作動機構は(5)と同型。 (1)〜(4)の1980年型プロトタイプに幾つか実戦型1のパーツが組み込まれたマシンのようだ。 |
(7)現存するマシンについての補足
下左は1980年型プロトタイプだが、1981年型、1982年型等のマシンと並んだ写真から切り取ったものなので、1982年シーズン後にイギリスのカワサキレーシングチーム本拠地で撮影されたものだろう。前ディスクローターは(1)〜(4)と同じ6本ボルト。
下右は1980年型プロトタイプだが、テールカウルのステッカーは1980年型であれば「Maruman
LIGHTER」のはずだが、これは「Bowmaker」だろう。この位置に「Bowmaker」のステッカーが貼られるのは1982年型。そして同背景の1981年型、1982年型の写真があることから、この写真も1982年シーズン後に撮影されたものだろう。
左、右は同一マシンの可能性が高い。1980年型プロトタイプが2台も1982年シーズン後にイギリスに置かれていたとは考えにくいからである。
このマシンは(4)とフレーム、スイングアーム、6本ボルトの前ディスクローター、ラジエーターへの配管が同じで、ゼッケン11、テールカウルの(1980年型とは異なる)スポンサーステッカーも(4)と同じであり、このマシンは(4)そのものではないか?
ただし(4)とは異なり、キャブレターはマグネシウム合金製、CDIローターは1980年実戦型が装着されている。
もちろん、このマシンはバリントンがGPで使用したマシンではない。 (6)のハンスフォードが使用したマシンはこのマシンとフレームが同型だが、スイングアームが異なる。GP最終戦後にA型スイングアームにわざわざに戻されたとは考えにくい。したがって、このマシンは上のハンスフォードのマシンでもないだろう。 |
各マシンの差異を整理しておく。 | |||||||
(1)1979配布 | (2)フジ | (3)シーズン前 | (4)現存マシン | (5)実戦1(Ball) | (6)実戦2(Hans) | (7)82後 | |
フレーム | 80プロト | 80プロト | 80プロト | 実戦型 | 80プロト | 80プロト | |
スイングアーム | 他と異なる | A型? | A型? | A型、B型 | B型 | A型? | |
前ディスク | 80プロト | 80プロト | 80プロト | 80プロト | 実戦型 | 80プロト | 80プロト |
冷却配管 | 80プロト | ※ | 80プロト | 実戦型 | 80プロト | ||
クラッチ作動機構 | 80プロト | 80プロト | 80プロト | 実戦型 | 実戦型 | ||
CDIローター | インナー | アウター(81) | アウター(80) | アウター(80) | |||
キャブレター | Al | Al | Mg | Mg | Al | ||
排気管等 | 短 | 長 | 長 | 長 | 長 | 長 | 長 |
※左後シリンダーヘッド水出口からの配管が(1)と異なり、下前方向に伸びているように見える。
(8)その他シーズン中の変化
上左は第2戦スペインでのゼッケン31T(再掲)で、後クッションユニットのリザボアが垂れ下がっている。上中は上左の撮影前後に撮影されたもので、スイングアームにリザボアが括りつけられている。これがシーズン前半の標準形。写真は添付しないが、(4)も同様。 上右は500t第6戦フィンランドの写真で、リザボアがテールカウルの外側に括りつけられた。 右は第7戦イギリスのもので、フェアリング下面後部に空気取入口が設けられた。後クッションユニット冷却用だろうか。バリントンに与えられたもう1台のマシンにはこの空気取入口はない。 |
備考 KR500の冷却経路 下、右は現存するKR500エンジン(TE603-301)で、1983年に向けて1982年に製作されたエンジンと思われる。 |
右側キャブレターの下に水ポンプがあり、水ポンプからの配管が前後気筒間のエンジンの水入口に繋がる。その水入口から各気筒のシリンダーへ水が分配され、各シリンダーヘッドへ水が流れる。そしてシリンダーヘッド両外側の配管で各2気筒分の水が集められ、さらにラジエーター上部に水が送られ、ラジエーター右下(ライダーから見て)→水ポンプへ流れる。
この流れは1980年型実戦型から1982年型まで変わらない。ただし、1980年型実戦型ラジエーターでは縦流だったが、1981/82年型では横流になった。
(1)、(4)では前後のシリンダーヘッド外側の配管で2気筒分の冷却水が集められ、左右各々がホースでラジエーター両外下側に繋がり、ラジエータ下中央部からホースが水ポンプに繋がる。つまり、ラジエーターの水入口、水出口の何れもラジエーター下部にある。ラジエーターが縦に3区分されており、両外側は上向流で、ラジエーター上部で反転しラジエーター中央部は下向流なのだろう。
(3)では前後シリンダーヘッド外側に前後各々ホースが取り付けられているようだが、そうならば前後のホースは1本にまとめられラジエーターの両外側下部に接続されているのだろう。
なお、(1)、(4)、(5)も、ラジエーターの両外側のコアが中央部より厚くなっている。