0W48(1980年型YZR500)
A
ヤマハ0W48は事実上ヤマハ500cc並列4気筒の最後を飾るマシンである。1980年、ケニー・ロバーツはこのマシンにより3つめの500ccタイトルを獲得した。
1 0W48の成り立ち
ヤマハは1978年は0W35Kにより、1979年は0W45により500ccタイトルを手中にした。そして1980年には0W45の市販レーサー版というべきTZ500(機種記号4A0)として市販(国内販売価格195万円)された。TZ500の基本的な諸元は0W45と同じであり、マグネシウム合金製クランクケースも採用されていた。大きな違いはパワーバルブのコントローラーで、0W45が電子式だったのに対してTZ500は機械式のガバナーだった。
0W48はエンジンにTZ500のクランクケースを用いる等、0W45の基本的な特徴を受け継ぎながら改良が加えられたマシンである。
1977年オランダGPから使用されたとされるパワーバルブは鼓型バルブを回転させるものだったが、0W48では板型のバルブを排気ポートに向かって斜めに上下させるタイプが標準的となった。並列4気筒のシリンダー・シリンダーヘッドの整備性を考えるとスタッドボルトがシリンダー、シリンダーヘッドを貫通しナットで固定する共締の方がよいが、各気筒の鼓型パワーバルブを直接連結できない。板型バルブであれば、そのような問題はなく0W48では共締が標準となった。
0W48の特徴の一つが板型パワーバルブであるが、鼓型パワーバルブが全く使用されなくなったわけではない。右は次の理由から1980年シーズン後半に撮影されたものと思われる。 ・シートカウルのストライプの位置が高い(カットしたので写っていない)。 ・アルミ角パイプフレームが1979年のものより角張っている。 ・ステアリングブラケット形状 ・前フォーク上部にエアバルブが装着されている。 シリンダーヘッド、シリンダーは0W45、TZ500と同形状・同組付方法であり、鼓型パワーバルブと分る。キャブレターはフラットバルブ。 1980年日本GPに出場した高井幾次郎の0W48も鼓型パワーバルブだったようなかすかな記憶がある。 |
車体では1979年オランダGPで登場したアルミフレームが本格的に採用された。また、前フォークは、アウターチューブ横にパイプがあるタイプ(おそらく位置依存型ダンピング可変機構、以下「A型」)とスズキが1979年から使用していたアンチダイブ機構と同様なもの(以下「B」型)が交互に使用されたが、シーズン後半は前者が主に用いられた。また、シーズン後半には前フォーク上端にエアバルブが装着された。また、前ブレーキキャリパーは新たにアルミ製のレース専用のものがシーズンを通して使用された。
1980年日本GPで優勝した故高井幾次郎の0W48はレース後の再車検の車重測定で142kgあり、燃料を除いた半乾燥重量は135〜140kg程度と思われる。なお、TZ500の公表乾燥重量は138kgであり、水、オイル、フェアリングを含めると145kg程度になる。1980年日本GPに出場した糟野雅治のTZ500は車検時145kgであり、同レースで3位入賞した水谷勝のTZ500はレース後の再車検で147kgだった。
2 戦績
下はシーズン前に公開されたマシン。0W45と同様、鼓型パワーバルブ、シリンダー・シリンダーヘッドは分離締であり、フレームはこの時点ではスチール製丸パイプで、前フォークはA型、後クッションユニットに副室が設けられ、チューブで連結され(右端)、前ブレーキキャリパーも大型化された。
1979年、0W45はケニー・ロバーツ、ジョニー・セコット、クリスチャン・サロンの3人に与えられたが、1980年にシーズンを通して0W48を与えられたのはロバーツ1人だった。ただし、TZ500に乗るライダーの一部には排気管等のスペシャルパーツが供給された。
第1戦として行われるはずだったベネズエラGPは財政的な問題で中止された。代わって第1戦となるはずだったオーストリアGPも季節外れの大雪のため中止になり、イタリアGPが第1戦として行われた。さらに例年行われていたスエーデンGPも財政的な問題で中止され、この年の500cc世界選手権は僅か8戦で争われることになった。
第1戦イタリアGP(ミザノ)
シーズン前公開とはかなり異なるマシンが登場した。フレームはアルミ製角パイプになり、前フォークもA型に加えB型が登場、スイングアームも細めのものになった。フレームの角パイプは1979年のものより角張っている。エンジンも板型パワーバルブになり、これに伴いシリンダー・シリンダーヘッドの組み付け方も共締に変更された。
ロバーツに与えられたマシンは2台と思われ、仮に下左をK1、下中をK2する。
K1はB型前フォークで、K2はA型前フォークだが、K2にB型前フォークが装着されることもあった。。また、下右はK2のステアリングブラケット付近を拡大したのが右で、前フォークのステアリングブラケットより下の部分が黒く見える。また、右フォークはステアリングブラケットの上にわずかながら黒い部分が露出しており、CFRP製インナーチューブだと思われる。
ポールはマルコ・ルキネリ(1分22.4秒、スズキXR34)、以下ロバーツ、ランディ・マモラ(XR34)、セコット(TZ500)、ウンチーニ(市販スズキRG500)と続き、Wil Hartog(XR34)6位、グラチアーノ・ロッシ(XR34)8位、グレーム・クロスビー(XR34)15位。
レース(40周)序盤、ルキネリ、ロバーツ(K1)、マモラがトップグループを形成するが、14周目にロバーツが2人との差を広げ、そのまま優勝。ルキネリ、マモラはいずれも中盤にエンジン故障でリタイア、2位ウンチーニ、3位ロッシ。クロスビー、Hartogもエンジン故障でリタイア。
第2戦スペインGP(ハラマ)
ポールはロバーツ(1分31.79秒)、以下マモラ、ルキネリ、ウンチーニと続き、ロッシ6位、10位クロスビー。
レース(36周)序盤の9周、ロバーツ、ルキネリが首位を争うが、その後はロバーツがリードを広げ優勝、マモラは孤独な3位、ロッシ、Hartogは序盤に転倒・リタイア。クロスビーは12位。
右はK1(レース使用車)でB型前フォーク、キャブレターはピストンバルブ。
第3戦フランスGP(ポールリカール)
プラクティスでルキネリは強風をうまく使い2分3.42秒でポール、以下ロバーツ、セコット、マモラと続き、ロッシが6位、Hartogは欠場。
21周のレース、ロバーツ(右、K1)はスタートに失敗するが追い上げ、マモラ、ルキネリを交わして優勝、2位マモラ、3位ルキネリ、4位ロッシ、5位クロスビー。最速ラップはロバーツ(2分4秒79)。
第4戦オランダGP(アッセン)
並列4気筒の両外側2気筒の前後の向きを変え後方排気にした0W48Rと称呼されるマシンが登場(下、以下、0W48と0W48Rを区別)。スチール製丸パイプフレームが組み合わさており、スイングアームはTZ500のものの上下を補強したような形状。下左の0W48Rの右には0W48が写っておりA型前フォークを装着している。
プラクティスでジャック・ミドルブルフ(TZ500(フレームはニコ・バカー製))がポール(2分57.6)、以下フィリップ・クロン(市販RG500)、マモラ、ルキネリ、ロバーツと続き、9位ロッシ、12位Hartog。ロバーツは0W48と0W48R(A型とB型の両方の前フォークをテスト)を乗り比べレースでは0W48R(B型前フォーク)を選択した。
レースはロバーツ(上右)のリードで始まるが、3周目にミドルブルフが首位に立ち、ロバーツはマモラにも抜かれ3位に落ちる。ロバーツは前タイヤトラブルでピットイン、タイヤを交換するが1周でリタイア。ミドルブルフがそのまま優勝、2位ロッシ、3位ウンチーニ、4位ボート・ファンドルメン(ミドルブルブと同じマシン)、5位マモラ、8位クロスビー、Hartogはリタイア。
第5戦ベルギーGP(ゾルダー)
K1に0W48Rが、K2に0W48が割り当てられたようだ(以後のレースも同じ)。
プラクティスはマモラがポール(1分40.41秒)、以下セコット、ルキネリ、ウンチーニと続き、6位ロッシ、7位ロバーツ、9位クロスビー、10位Hartog。
レース(30周)はクロスビーが好スタートを切るが、1周目途中でマモラがリードを奪い、ルキネリが続く。2周目終わりではロッシがルキネリを抜き、4位は0W48R(B型前フォーク)に乗るロバーツ。マモラは少しづつリードを広げるが、5周目にロッシは転倒、ルキネリはコースアウト、6位で復帰、中盤には2位に浮上。そのままマモラが初優勝、2位ルキネリ。ロバーツはサスペンショントラブルを抱えるが、何とかクロスビー、Hartogを退け3位。最速ラップはルキネリ(1分40秒82)。
第6戦フィンランドGP(イマトラ)
0W48のフェアリング前ゼッケン向かって右側に6cm程度の孔が開けられ、後ショックユニットを冷やすダクトが設けられたが、結局、蓋がされた(下左)。また、ステアリングブラケットが新型になり、A型前フォークにエアバルブが装着された。
0W48R(下右)は後方排気のサイレンサーが大型化された。排気管は車体の後端を越えられないため、排気管本体も変更された筈である。スイングアームも変更され補強は無くなった。前フォークはB型。
ロッシがポール(1分53.8秒)、以下ルキネリ、Hartog、ウンチーニ、ロバーツ、マモラ。クロスビーは鈴鹿8時間耐久出場のため欠場。
レース(26周)はルキネリが好スタートしリードを広げる。ロッシ、Hartog、ロバーツ(0W48)が激しい2位争いを広げるが、ロッシが12周でエンジントラブルで脱落、ロバーツはHartogの後ろでチャンスを窺う作戦。その頃、ルキネリの燃料タンクのブリーザーパイプが外れ燃料タンクが漏れヘルメット、皮つなぎ等に飛散、そのままリタイア、Hartogが首位に立ちそのまま優勝、2位ロバーツ、3位ウンチーニ、4位マモラ。
第7戦イギリスGP(シルバーストーン)
0W48R用アルミフレームが登場(下左)、前フォークはA型のエアバルブ付き、ステアリングブラケットはフィンランドGP時の0W48と同タイプ、スイングアームはフィンランドGP時の0W48Rのものに補強を加えたような形の新型。
また、バリー・シーンに0W48が与えられた(下中)。前フォークは0W45のものようだ。パワーバルブのコントローラーは電気式だったが、パワーバルブそのものは鼓型。また、シーンはハリス製フレームにTZ500エンジンを搭載したマシンも用意しており、公式予選2日目には0W48エンジンをハリス製フレームに搭載したマシンを走らせた。
プラクティスではロバーツがポール(1分30.71秒)、2位ルキネリ、3位ロッシ、4位マモラ、6位クロスビー、8位Hartog。シーンのマシンはエンジン不調に見舞われ、レース前夜、点火系を交換することになった。ロバーツは0W48Rと0W48と比較テストの結果、一時は0W48Rをレースで使用することになったが、結局、レース当日の朝に0W48を使用することを決めた。スターティンググリッドのロバーツの0W48(上下右)はフラットスライドキャブレターを装着、前フォークはA型のエアバルブ付。
レース(28周)はクロスビー、マモラ、Hartogのスズキ勢が好スタート、1周目途中でマモラが首位に立つ。2周目になるとマモラ、ルキネリ、ロバーツ(下右端)が首位を争うようになり、以下、Hartog、ロッシ、クロスビーと続く。シーンはエンジン不調で5周でリタイア。ロバーツ、ルキネリはタイヤトラブルを抱え遅れ出す。Hartogも同様に後れ出すが結局クランク破損でリタイア。レースはそのままマモラが優勝、2位ロバーツ、3位ルキネリ、4位ロッシ、クロスビーは13位。最速ラップはロバーツ(1分30秒70)。
ランキングポイントはロバーツが79で1位、マモラが66で2位で最終戦、マモラが優勝してもロバーツは9位に入賞すればロバーツがチャンピオンという形勢である(この場合、得点、優勝回数は同じで2位入賞回数でロバーツが上回る)。メーカータイトル争いはヤマハが94ポイントでスズキを1ポイントリード。
第8戦ドイツGP
(ニュルブルクリング)
個人タイトルと同時にメーカータイトルが争われるこのレース、セコットに0W48が与えられた。プラクティス当初はイギリスGP時のシーンのマシンと同じエンジンだったが、最終的には板型パワーバルブの最新エンジンが与えられた。
ロバーツの0W48R(下)はフレームのバックボーンに大きな補強が入れられた。キャブレターはピストンバルブ、A型前フォーク(エアバルブ付)。0W48(下右)も同様にエアバルブ付A型前フォーク。
プラクティスではマモラがポール(8分24.91秒)、以下ロバーツ、Hartog、ルキネリ、セコット、ウンチーニ、クロスビー。
レース(6周)はマモラが好スタート、ルキネリ、クロスビー、Hartog、0W48Rを選んだロバーツが続く。1周を終わり、ロッシはコースの危険性を理由にリタイア。2周目はマモラ、ルキネリ、クロスビー、Hartog、ロバーツと続く。マモラのXR34は排気管から煙を吐き出しペースダウンを強いられロバーツに抜かれ5位に落ちる。レースはそのままルキネリ、クロスビー、Hartogのスズキ1-2-3で、4位ロバーツ、5位マモラ、6位セコットとなり、ロバーツが個人タイトルを、スズキがメーカータイトルを獲得した。最速ラップはルキネリ(8分22秒23)。
1980年終盤、ケニー・ロバーツと0W48・0W48Rの勢いは明らかに衰えており、並列4気筒ピストンバルブエンジンの限界は見えつつあった。そのため1981年に向けて並列4気筒の0W53に加えてスクエア4気筒の0W54の開発が進められていた。1979年の世界チャンピオンマシン0W45の市販レーサー版のTZ500が1980年に市販されたものの、そのシーズン中に500cc並列4気筒ピストンバルブエンジンの将来が短いことが明らかになったのは皮肉なことである。
ランキング
I | E | F | N | B | Fin | GB | A | Total | |
Roberts | 15 | 15 | 15 | 10 | 12 | 12 | 8 | 87 | |
Mamola | 10 | 12 | 6 | 15 | 8 | 15 | 6 | 72 | |
Lucchinelli | 12 | 10 | 12 | 10 | 15 | 59 | |||
Uncini | 12 | 4 | 10 | 5 | 10 | 5 | 4 | 50 | |
Rossi | 10 | 8 | 12 | 8 | 38 | ||||
Hartog | 6 | 15 | 10 | 31 | |||||
Cecotto | 8 | 5 | 2 | 5 | 6 | 5 | 31 | ||
Crosby | 6 | 3 | 8 | 12 | 29 |
GPで使用された0W48の変化(赤字がレースで使用されたもの、K1、K2の区別は未確定)
マシン | I | E | F | N | B | Fin | GB | A | |
0W48 | K1 | B型前フォーク | ピストンバルブキャブレター、B型前フォーク | A型前フォーク | ピストンバルブキャブレター、A型前フォーク | - | - | - | - |
K2 | A/B型前フォーク | ? | ? | - | ? | 新ステアリングブラケット、A型前フォーク(エアバルブ付) | フラットバルブキャブレター、新ステアリングブラケット、A型前フォーク(エアバルブ付) | A型前フォーク(エアバルブ付) | |
0W48R | スチールフレーム | - | - | - | B型前フォーク(プラクティスではA型前フォークも)、新型スイングアーム | B型前フォーク | 後方排気サイレンサー拡大、B型前フォーク、スイングアーム変更 | - | - |
アルミフレーム | - | - | - | - | - | - | 新ステアリングブラケット、A型前フォーク(エアバルブ付)、スイングアーム補強 | ピストンバルブキャブレター、フレーム補強、新素で亜リングブラケット、A型前フォーク(エアバルブ付) |