RC211VのV角                                                                                         honda

 990ccV型5気筒のホンダRC211VエンジンのV角は75.5度である。ここでは、なぜ75.5度なのか、点火間隔はどうなのか、1次慣性力の釣合から考えてみる。
 1次慣性力=質量×クランク半径×(2×円周率×rpm/60)2×cosθ(θ=上死点からの回転角)。したがって、1次慣性力は上死点と下死点で最大(向きは逆)になり、その中間で0(ゼロ)になる。計算しやすくするため、以下では回転数一定とし、1次慣性力=Pcosθとする。
 

(1) 単気筒の釣合

   仮にクランクシャフトのバランスウェイトをP/2だけバランスするものにすると、気筒方向(縦向き)の不釣合は(P/2)cosθ(黄緑矢印)になる。

  右図はピストンが上死点(θ=0、cosθ=1)の状態。なお、P/2は0.5Pと記載している。 一方、バランスウェイトは縦方向だけではなく、横向きの力(P/2)sinθを発生する。
 


 
 右図は、中間(上死点から90度回転)の状態で、1次慣性力はゼロだが、バランスウェイトが横向き(クランクピンの反対方向)に
(P/2)sin90=P/2(青色矢印)の力を発生する。

 

 

縦方向と横方向の不釣合の合力は、縦方向と横方向の不釣合の自乗の和の平方根を求めてやって、

    ((P2/4) × (cos2θ+ sin2θ))0.5 = P/2

 したがって、常時P/2の不釣合が発生することになる。

 右図は上死点からθ度回転した状態で、縦方向に(P/2)cosθ(黄緑矢印)、横方向に(P/2)sinθ(青鎖矢印)の不釣合があり、その合力は0.5P(空色矢印)となり、その力の向きはクランクピンと対称の方向となることを示している。

 つまり、不釣合力(P/2)の向きはクランクシャフトとは逆方向に回転する。


 
(2) V型2気筒の釣合

 (1)と同様に単気筒あたりP/2だけ釣り合うようにクランクシャフトのバランスウェイトを設定し、V角をV、位相差をdとし、1気筒は水平(x軸)にあるとすると、水平気筒の任意の回転角θの時の不釣合は、

 水平方向の不釣合Fx = (P/2) × (cosθ + cos(θ+d)cosV - sin(θ+d)sinV)
 垂直方向の不釣合Fy = (P/2) × (sinθ + cos(θ+d)sinV + sin(θ+d)cosV)

 FxとFyの自乗の和の平方根を求めてやると、

 ((P2/4) × (cos2θ + cosθcos(θ+d)cosV・・・・))0.5
 = Pcos((d+V)/2) 
   
 
クランクピンが2気筒で共通の場合、d=Vなので、不釣合はPcosVになる。cosがゼロになるのは90度だから、V角は90度が最もバランスがよくなる。


 

  ホンダの市販4ストロークエンジンに使われてきた2気筒のクランクピンをオフセットする、いわゆる位相クランクについて考えてみる。

 不釣合=Pcos((d+V)/2)
でcosが0になるのは90度であるから、V型2気筒の不釣合を0にするためには、
 (d+V)/2 = 90
 d+V = 180


になるように、V角、位相差を設定すればよい。4ストロークV型2気筒でクランクピンをs度オフセットすると、d=V+s として、
 V+s+V = 180
 s = 180-2V

 4輪の60度V型6気筒の例:
 向かい合う2気筒のクランクピンを共有する場合、向かい合う2気筒で1次慣性力が釣り合っていないため、V型6気筒エンジンは1次慣性偶力が大きい並列3気筒をただ組み合わせただけのものになる。普通は、向かい合う2気筒のクランクピンを180-2V=180-60×2
=60度オフセットすることで1次慣性力を釣り合わせ、点火間隔も120度等間隔にしている。もちろん、4輪のエンジニアがホンダの真似をしたわけではない。

 ホンダ・ブロスの点火間隔をオシロスコープで調べた方がいます。


 
(3) V型5気筒の釣合

 RC211Vは前バンク3気筒、後バンク2気筒である。このエンジンの1次慣性力を釣合わすためには、外側4気筒分で単気筒分の不釣合を作り、中央単気筒の不釣合で相殺すればよい。

 外側4気筒のクランクピンが同じ位置にあるとすると、その不釣合は(2)式の2倍=2×Pcos((d+V)/2)で、単気筒の不釣合は(1)からP/2であるから、


 
    2×Pcos((d+V)/2) = P/2
 cos((d+V)/2) = 1/4
 
 RC211Vのクランクシャフトは公表された右図のように両外側の2気筒ずつがそれぞれクランクピンを共有しているので、d=V(向かい合う気筒のクランクピンをオフセットすると強度・剛性が低下するので、これはレーシングエンジンでは当然のことである)。
 したがって上式は下式になる。
 cosV = 1/4
 V = 75.5225
 (度)

 
 また、普通の90度V型4気筒であれば僅かながら1次慣性力に起因する偶力が発生するが、RC211Vのクランクピンの配置であれば1次慣性力に起因する偶力は発生しない。RC211VのV角が75.5度なのは当然である。

 
 これを図で見る。右図において、前バンク両側2気筒(1、3番気筒)が上死点にあるとすると、前バンク両外側2気筒の不釣合(1次慣性力とカウンターウエイトの遠心力の合力:以下同じ)は前バンク方向に各P/2となる(青矢印:矢印の大きさはP/2)。
 この時、後バンク2気筒(4、5番気筒)のクランクピンは上死点後75.5度にあり、その不釣合は、(1)から後バンク後方75.5度の方向に各P/2である(空色矢印)。
 この外側4気筒の不釣合の合計は後バンク方向にP/2になる(黄緑矢印)。
 これを打ち消すために、中央気筒(2番気筒)の不釣合P/2は、黄緑矢印の逆方向・上死点後104.5度(赤矢印)にあればよい。この時の中央気筒のクランクピンの位置は(1)から上死点前104.5度である。
 なお、図で分かるよう1次慣性力に起因する偶力は残らない。

 このクランク配置の点火サイクルは次の4通りが考えられる。
No 点火順序 点火間隔 (度)
1 1-2-5-3-4 104.5-180-75.5-284.5-75.5
2 1-5-3-2-4 284.5-75.5-104.5-180-75.5
3 1-2-4-3-5 104.5-180-75.5-284.5-75.5
4 1-4-3-2-5 284.5-75.5-104.5-180-75.5
追記1

 このページを公開したのは2002年9月25日だが、「奇数気筒のV型内燃機関」に関するホンダの特許出願の内容が同日に公開されていた。辛うじて私の公開は間に合っていたことになる。出願内容でも点火間隔は示されていなかったが、2006年9月頃、ホンダからRC211Vの点火サイクルが次のとおり公開された。各気筒の番号は、1:前左、2:後左、3:前中、4:後右、5:前右であり、私の番号の付け方とは異なるので、( )内に私の番号の付け方による番号を記した。

点火順序 点火間隔(度)
2(4)-5(3)-3(2)-4(5)-1(1) 75.5-104.5-180-75.5-284.5

 このサイクルは上のNo4である。

追記2

 ホンダが2001年にRC211Vエンジンを発表、V型5気筒で2002年に始まるMOTO GPを戦うことが明らかになったが、当初、私はバランサーシャフトがあるものと思っていた。しかし、バランサーシャフトがないことがすぐに明らかになり、少々慌てたのを思い出す。そして机に向かって略図を書き、慣性力の釣り合いを考えていくと答えが出た。この発明の発明者はホンダの山下ノボル氏 (本名)であるが、山下氏と私は比べるべくもない。私は「RC211Vは1次慣性力を釣り合わせているはず。答えはあるはず」と考えたのに対し、山下氏は「答えがあるかどうか分らない。しかもV型5気筒は珍しいレイアウトでレーシングエンジンではおそらく初めてのレイアウト」という条件下で正解に辿り着いたのである。 最初に取り組んだ者とその他の者との間には歴然とした差がある。

 山下氏も本頁をご存じのようで、サイクルサウンズ誌2005-6号に掲載されたインタビュー記事で、記者のRC211Vの点火間隔についての質問に対し、山下氏が「野田健一さんという方が個人で解析して〜」と答えている。現役の技術者の方に、このような場末の頁をご覧いただいていたとは光栄に至りである。

追記3

 ホンダが2009年4月3日にサイト上に公開したWGP参戦50周年記念冊子(PDFファイル)20頁(電子ファイル上では22頁)に次の記述がある(気筒番号は、1:前左、2:後左、3:前中、4:後右、5:前右)。
  「'04年になると、RC211Vにはエンジンを中心に大きな改良が加えられた。〜前後気筒1-2番と4-5番を同時爆発に変更〜」

 この文からすると、2004年型は
○1、2、4、5番気筒が同時に点火  あるいは  ○1-2番が同時点火、4-5番がそれからずれて同時点火

であると受け取れる。しかし、どちらの場合もバランサーシャフトなしには1次慣性力は釣り合わないし、同時点火にするために前後気筒でクランクピンをオフセットするとクランク剛性が低下してしまう。

 雑誌用語の「同時爆発」は「同じ時に点火(着火)」ではなく「普通とは異なる点火(着火)間隔」であることが多いが、ここでは本来の意味として考える。

 2004年型で後方気筒の排気管が各気筒単独排気になったものがあることと合わせて考えると、実際は本文のクランクピン配置のまま、1・5番、2・4番気筒をそれぞれ同時点火にしていたのだろう。点火サイクルは 右表の4通りが考えられる(( )内は私の気筒番号の付け方)。
No 点火順序 点火間隔
1 1・5(1・3)-2・4(4・5)-3(2) 284.5-180-255.5
2 1・5(1・3)-3(2)-2・4(4・5) 104.5-180-435.5
3 1・5(1・3)-3(2)-2・4(4・5) 104.5-540-75.5
4 1・5(1・3)-3(2)-2・4(4・5) 464.5-180-75.5

 なお、ホンダ・モーターサイクル・レーシング・レジェンドvol.02(2008八重洲出版)66頁に冊子と次の記述がある。

「(5-3エキゾーストから5-4エキゾーストへの変更について)エキゾーストのレイアウト変更だけではなく、’02年以来のボア×ストロークをショートストロークに変更し、従来からライダーに指摘されていた、スロットル開け始めのスピニングを解消する目的で、同ピンの前後気筒1-2番と4-5番の点火タイミングを同爆にしたものと思われる。」

  このライター氏もV型エンジンの前後気筒クランクピンが共通でも同時点火にできると勘違いしており、ホンダの冊子の記事と同じライター氏が書いたの だろう。ホンダの冊子も間違いだらけなのだから、もっと早く気が付くべきだった。上で「ホンダが同時点火と公表」と勘違いして真面目に考えたことを反省する。


 RACERS Volume 47(2017三栄書房)23頁で、上のウェブサイト、本と同じライター氏が「〜スロットルの開け始めのスピニングを抑制する目的で、それまでの不等間隔爆発から、同ピンである前1-2番と、後4-5番の点火タイミングを同爆に変更した仕様も投入された」とあり、相変わらず同じ誤りをしている。
   同誌の83頁の諸元表は「HONDA 発表値」で、2004年型の同爆仕様の順序間隔は「♯2,4→♯3→♯1,5」で、点火間隔は「180° 255.5° 284.5°」となっている。これは上のNo1と同じ。
 当該ライター氏の無理解を理由に同時点火仕様はないと判断していたが、訂正する。
   
追記4(2023/11加筆)

https://youtu.be/qYvibx8oSKE 元ホンダ技術者による解説。

 右図は動画から切り出したもので、RC211Vの点火間隔を「76-76-208-76-284度」としているが、2006年秋にホンダが「75.5-104.5-180-75.5-284.5度」と公表済。

 既に点火間隔の答えが多くのサイト、雑誌、書物にあるのに、元技術者が(75.5度を76度と表記していることはともかく)慣性力の釣合を考慮しない誤った点火間隔を発表するのは残念。









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