ビッグバン仮説 big-bang

 1992年日本GPに1992年型ホンダNSR500が登場した時、その異様な排気音が多くの人々を驚かせた。この排気音の原因が292-68度間隔2気筒同時点火であったことが既に明らかになっているが、エンジン 設計者であればすぐに気が付いたはずである。スズキ、カジバ、ヤマハも1992年シーズン中に4気筒エンジンの点火間隔を、それまでの180度等間隔2気筒同時点火から不等間隔2気筒同時点火にしたのだ。

 そして、不等間隔点火が再び注目を集めたのは2004年である。2002年型・2003年型のヤマハYZR-M1の点火サイクルは通常の180度等間隔点火だったが、2004年型(社内機種記号OWP3)は不等間隔点火になった。

 これらいわゆる「ビッグバン」エンジンについて、燃焼室内圧力によるトルク変動のみが注目されているが、実はピストン等の往復運動部分の慣性力によるトルク変動が非常に大きく、特にレーシングエンジンのような高回転エンジンでは、慣性力によるトルク変動を考慮しなければビッグバンを議論することは無意味である。

 燃焼室内の圧力を無視してクランクシャフトの回転を考えると、ピストン、コンロッドはクランクシャフトによって動かされている。したがって、ピストン、コンロッドに見かけ上の力(慣性力)を生じている。上死点からピストンが下側に引っ張られるとあたかも上向きの力がピストンに掛かったように見える。電車が急発進すると車内の乗客が進行方向とは逆方向に押し付けられるのと同じである。
 
 壁にくくりつけられたロープを回転椅子の上に立って引っ張ると、手の位置によっては回転椅子が壁に向かって回る。壁はピストン、ロープはコンロッド、回転椅子+人間はクランクシャフトに相当する。上死点からクランクシャフトが回るとクランクシャフトがコンロッド、ピストンを引っ張り、クランクシャフトが回る方向とは逆方向の見かけ上の回転力が生じる。そして下死点に近づくと逆方向の回転力になる。

(1) 通常の並列4気筒
 2次慣性力によるトルク変動を無視し、1次慣性力によるトルク変動のみを考慮する。1次慣性力による単気筒当たりのトルク変動は近似的に次式により計算される(θは上死点からの回転角)。

 1/2×質量×クランク半径2×(2×円周率×rpm/60)2×sin2θ・・・・A

 通常の180度等間隔点火の並列4気筒エンジンの場合、両外側の気筒のクランクピンは同じ位置にあるので、慣性力によるトルク変動は次式のようにA式の2倍になる。

2×1/2×質量×クランク半径2×(2×円周率×rpm/60)2×sin2θ・・・・B

内側2気筒のクランクピンの位置は両外側2気筒から180度ずれているので、慣性力によるトルク変動は次式になる。

2×1/2×質量×クランク半径2×(2×円周率×rpm/60)2×sin2(θ+180度)・・・・C
 
 B式とC式は同じなので、4気筒分の1次慣性力によるトルク変動(B式+C式)は

 2×質量×クランク半径2×(2×円周率×rpm/60)2×sin2θ)・・・・D

 気筒当たりのピストン及びコンロッドの質量を400g、クランク半径24.6mm(ストローク49.2mm)、回転数10000rpmとして計算すると、1回転する間の慣性力によるトルク変動は下左図のとおりになる。

 990cc4ストローク4気筒エンジンの最大トルクは10kgf・mプラスであるが、その数倍の変動が生じている。もちろん、この変動は1回転する間に平均化されゼロになる。そして、燃焼室内の圧力によるトルク変動を加味すると上右図(2回転した場合)のとおりになる。青線が慣性力によるトルク変動、赤線が燃焼室内圧力によるトルク変動、黒線がその合計である(★は燃焼行程の始まりの上死点である)。燃焼室内圧力によるトルク変動の数倍の変動が慣性力によって生じているし、燃焼が始まってもしばらくトルクは回転方向とは逆方向のままである。

・燃焼室内の圧力によるトルク変動はおおよその値であり、軸平均トルク(赤線または黒線の平均値)は12.3kgf・mとした。また、吸気行程でのトルク変動はないと仮定している。
・慣性力によるトルク変動は回転数の2乗に比例するので、例えば回転数を5000rpmとすると、慣性力によるトルク変動は13.6〜-13.6kgf・mになる。  

 これと同様に、ビッグバンエンジンについて見てみる。実はビッグバンエンジンのトルク変動は小さいものが多いのである。

(2) 2006年型YZR-M1(推定点火間隔:270-180-90-180度)
 各クランクピンが90度ずつずれている。(1)の式から慣性力によるトルク変動はsin2θに比例するので、各気筒の慣性力によるトルク変動は

 sin2θ + sin2(θ+90) + sin2(θ+180) + sin2(θ+270)

に比例するが、この式は

  =sin2θ + sin(2θ+180) + sin(2θ+360) + sin(2θ+540)
  =sin2θ + sin(2θ+180) + sin2θ + sin(2θ+180)
  =0
となり、各気筒間で概ね相殺される。したがって、図には燃焼室内圧力によるトルク変動のみ示した。

 通常の並列4気筒と比較すると、大きな山が4つから3つに減り、山の高さも低くなっているが、山の幅は大きくなっている。スロットル開度を抑えると山は小さくなるが、慣性力によるトルク変動は釣合っているので、山が小さくなる比率は大きい。
(3) 90度V型4気筒(270-90-270-90度間隔点火)
 (2)と同様、慣性力によるトルク変動は各気筒間で概ね相殺されるため、図には燃焼室内圧力によるトルク変動のみ示した。

 通常の並列4気筒と比較すると、大きな山が4つから2つに減り、山の高さも低くなっているが、山の幅は大きくなっている。スロットル開度を抑えると山は小さくなるが、慣性力によるトルク変動は釣合っているので、山が小さくなる比率は大きい。
(4) RC211V(284.5-75.5-104.5-180-75.5度間隔点火)
 大きな山が2つあり、通常の並列4気筒と比較すると山の高さも低くなっているが、山の幅は大きくなっている。スロットル開度を抑えると山は小さくなるが、慣性力によるトルク変動はある程度釣合っているので、山が小さくなる比率は(2)、(3)程ではないが大きい。
   
(5)2005年後期型ZX-RR(2気筒同時点火/180度間隔点火)
 (1)の通常の並列4気筒と比べて黒線の印象は大きくは変わらないが、3つ目の山の幅が大きくなり、2つ目と3つ目の間の谷が消えている。

 スロットル開度を抑えると山は小さくなるが、慣性力によるトルク変動が大きいので、山が小さくなる比率は小さい。

(6) 2006年型ZX-RR(90度間隔点火)
 (2)と同様、慣性力によるトルク変動は各気筒間で概ね相殺されるため、図には燃焼室内圧力によるトルク変動のみ示した。

 小さな山4つからなる大きな山が1つで、通常の並列4気筒と比較すると山の高さも低くなっている。スロットル開度を抑えると山は小さくなるが、慣性力によるトルク変動はある程度釣合っているので、山が小さくなる比率は大きい。
   

 このように、180度クランク並列4気筒エンジン((1)、(5))がトルク変動が大きいことが分る。次に最もトラクションをつかみやすい形式であるとされる単気筒について見てみる。計算の都合上、排気量を250ccとした。また、上の例では10000rpmとしたが、それ以外に7000、5000rpmについても検討することにした。上の例では10000rpmで一定なので、横軸の回転数は常に時間(秒)と比例関係にあったが、異なる回転数について考慮するのであれば、本来、横軸は時間にした方がよい。ここでは横軸は度のまま、グラフの横方向の長さのみ回転数に反比例して伸ばしイメージを掴みやすくしてみた。また、単気筒の場合、慣性力によるトルク変動しかない区間があるので、慣性力によるトルク変動と燃焼室内圧力によるトルク変動とその合計を示すと線が重なってしまうので、合計のみを示した

(7) 250cc単気筒・10000rpm
 単気筒なので慣性力によるトルク変動は(1)の4気筒の1/4であり、燃焼室内圧力によるトルク変動が相対的に大きい。
(8)250cc単気筒・7000rpm 
 回転数減少によりトルク変動の大部分は燃焼室内圧力によるものになる。ただし、慣性力によるトルク変動は最大トルク(軸平均)の4倍程度ある。スロットル開度を抑えると山は小さくなるが、慣性力によるトルク変動は相対的に小さいので、山が小さくなる比率は大きい。
(9) 250cc単気筒・5000rpm
 さらに慣性力による変動が減少し、燃焼室内圧力によるものがほとんどであるが、慣性力によるトルク変動は最大トルク(軸平均)の2倍程度ある。スロットル開度を抑えると山は小さくなるが、慣性力によるトルク変動は相対的にかなり小さいので、山が小さくなる比率は(8)より大きい。

 どのようなエンジンがビッグバン効果が大きいか、多種多様なバイクに乗ったことがない私には想像するしかないが、上のようなことから、ビッグバン効果が得られる条件は以下の3つの条件のうち複数が当てはまること、特にCと他の組み合わせが有効であるという仮説を立ててみた。

A トルク変動の間隔(時間)が大きいこと

B トルク変動の大きさ(トルクの差)が大きいこと

C スロットル開度変化による瞬間トルクの変化率が大きいこと

 この仮説がビッグバンエンジン等に当てはまるかどうか検討してみる。

●2004年型YZR-M1で不等間隔点火にしたことによって慣性力に起因するトルク変動が相殺されることによりCが改善され、Aも改善されるが、Bは悪化する。
●単気筒エンジンは回転数が下がることによって、A、Cが改善される。
●(1)の並列4気筒エンジンは、Bは当てはまるが、A、Cは当てはまらない。
●(1)の並列4気筒エンジンは回転数が下がってもCはあまり改善されず、Bは悪化する。また、トルク変動の谷が小さくなってしまいトルク変動の間隔は小さくなる(下図は5000rpm時で、横軸の長さは(1)〜(6)の倍にしている)。
●1988年型NSR500は90度等間隔点火で、慣性力によるトルク変動は気筒間で相殺されるのでCは当てはまるが、A、Bは当てはまらない。
●1989年型NSR500は180度等間隔2気筒同時点火で、慣性力によるトルク変動は気筒間で相殺されず、Cは1988年型と比べ悪化するが、A、Bは改善される。
●1992年型NSR500は292-68度間隔2気筒同時点火で、Cが1989年型NSR500より大幅に改善される、A、Bも改善される。
●2005年型ZX-RR(後期)で2気筒同時点火にしたことによって、通常の並列4気筒と比べA、Bが若干改善される。
●2006年型ZX-RRで90度間隔点火にしたことによって、2005年型ZX-RRと比べA、Cが改善されるが、Bは若干、悪化する。

 このように見ると上の仮説は妥当なように思われる。もちろん、これは現時点では仮説でしかない。そもそもビッグバン効果を判定するのはライダーであり、ライダーの感覚を科学的に立証することは困難ではないかと考える。しかし、ライダーの感覚に頼らざるを得ないということが4輪とは異なる2輪の面白さであり、このことを理解するとビッグバンエンジンの異様な排気音も魅力的に思えるのである。

追記1

 本頁を公開したのは2007年6月だが、2008年5月、横浜市で開催された自動車技術会春季大会におけるモータースポーツフォーラム(5月23日)で、ヤマハの古沢政生氏による「不等間隔爆発エンジンとモトGP」と題する講演が行われた。山口京一氏による英語のレポートはこちら。元記事は山口氏がSAEのオンライン誌に書いたもので、2008年の同誌の最多アクセス記事だった

追記2

 ホンダの山下ノボル氏が「レースバイクの速さ「エンジン爆発間隔の不思議 」」(日本機械学会誌2006.9)と題する記事を書いているので、ご覧いただきたい。

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