2軸クランクエンジン

 2ストロークレーシングエンジンではクランクシャフトを2本有する例が少なくないが、その大部分が2本のクランクシャフト間で2気筒同時点火している。 そして、ほとんどの場合、1次慣性力の釣合でその理由を説明できる。

 しかし、1968年型ヤマハRD05A(2軸60度V型4気筒)の写真(右)を見て、180度間隔2気筒同時点火である可能性が高いことに気が付いたが(RD05本編参照。)、1次慣性力の釣合やクランクシャフトのねじれだけではその理由を理解できなかった。そして、その理由を考えて行くうちに、トルク変動するものをギアで連結する難しさを知ったのである。

 

1 トルク変動のギヤへの影響

 
噛み合う2つのギアの間にはバックラッシュ(又はバックラッシ)という隙間がある(右図:http://www.nmri.go.jp/eng/khirata/design/ch06/ch06_02.htmlから引用し改変)。これは
 1. ギア製作誤差に対する逃げ
 2. 負荷によるギアの変形に対する逃げ
 3. 軸受箱の製作誤差に対する逃げ
 4. 潤滑油膜の形成
のために必要なものである(http://www.juntsu.co.jp/qa/qa2192.html)。

 クランクシャフトのトルクは常に変動しており、受動ギアは駆動ギアによって叩かれる。衝撃を和らげ騒音を小さくするためにバックラッシュを小さくした方がよいが、上記目的のためはあまり小さくできない。通常のエンジンですらクランクギア、動力取出ギアの負担は大きい。

 2ストローク2気筒2軸クランクエンジンの場合、その2軸クランクのそれぞれのギアが直接連結される場合と、動力取出ギア(プライマリーギアと呼ばれることが多い)を介して連結される場合があるが、前者を例に考えてみる。

 180度間隔点火の場合、右上図において、ある瞬間に左回りの黄ギアの気筒が燃焼行程とすると、黄ギアが右回りの赤ギアを駆動すると、バックラッシュは同図のとおりとなる。

 そして赤ギアが燃焼行程になると赤ギアが黄ギアを駆動し、バックラッシュは右下図のとおりになる。この2つの状態を交互に繰り返すこととなり、バックラッシュの端から端の間で2つのギアが交互に叩き合うことになる。これが騒音の原因となるだけでなく、ギアそのものの寿命を縮める。

 しかし360度同時点火の場合、赤・黄ギアが同時に互いを駆動するが、赤ギアがクラッチギアに繋がるとすると、赤ギアはクラッチギア駆動の抵抗があるため燃焼行程では右上図の状態となり、2つのギアが交互に叩き合うことはない。

 2軸間に動力取出ギアがある場合も、基本的には同じである。

 1973年に登場したヤマハ700/500t並列4気筒エンジンの見かけは1軸クランクだが、実は左右2軸で、各クランクのギアは共通の動力取出ギアに繋がっている 。その開発についてヤマハの元技術者の松井隆氏が「RD05('64年(注:'68年の誤り)WGP250ccチャンピンマシン)での開発経緯から、点火順序がアイドルギアへ大きく影響することを確認していたので、バランスのよい内側2気筒と外側2気筒を同時爆発としました。」と語っているのは、このことを指している(注2)。

 もちろん、1次慣性力の釣合も重要な要素であり、2軸クランクエンジンの場合、各クランク間で2気筒同時点火した上で、1次慣性力が釣り合うレイアウト・点火間隔にしていることが多いとした方がよいだろう。

2 同時点火でない例

(1)スズキ・スクエア4気筒

 スズキ500tスクエア4気筒は見かけ上2軸クランクで、斜め気筒同士が同時点火で各組が180度間隔で点火する。しかし、1974−80年型(XR14、XR22、XR27及びXR34)では左右のクランクが独立し 、各気筒それぞれのクランク ギアが動力取出ギアを介して連結されており、クランク数からすれば「4軸」である。

 したがって、ある2気筒が同時点火しているとき、そのクランクギアが他の2気筒のクランクギアを(動力取出ギアを介して)駆動している状態、つまり上の180度間隔点火2軸2気筒と同じ状態であり、クランクギア、動力取出ギアの負担が大きくなっている。スズキの技術者(当時)の長谷真氏が1974年型RG500の開発について次のように語っている(Team Suzuki by Ray Battersby, Osprey 1982/Parker House 2008)のは、このことも大きな原因となっている。

 "The first problem we had was with the crankshaft gears; they kept breaking. So, we thought about materials, hardness and heat-treatment; everything we had to change."

 また、1975年以降のサイドカーレーサー(世界GP)では、ヤマハ市販レーサーTZ750のエンジンを500tにスケールダウンしたもの、TZ500エンジン(1980年以降)がよく用いられたが、スズキ市販RG500はあまり用いられなかった。このことについて、Sidecar Championship by George D'Dell with Ian Beacham, Hamlyn 1978)に次の記述があり、改良されたとはいえ 市販RG500はクランク ギア、動力取出ギアに弱点があったことを示している。

 "The RG 500 Suzuki〜has never been an outstanding success when transplanted into sidecars. As Mac Hobson found when he tried a Suzuki in 1977, the drive gears on the end of the cranks would break, showing it was perhaps too fragile for the demands of three-wheelers."

 もちろん、各気筒クランクを独立させることによりクランクシャフトの捻じれが小さくなる等のメリットがあり、スズキがこのような設計をしたのはメリット・デメリットを総合的に判断してのことなのだろう。ただ、1981年のXR35(RGΓ500)、1982年型市販RGB500や、一般市販車RG500/400Γ(1985年市販)では左右組立クランクでクランクギアは左右気筒共通になっており、 これは単にエンジンをコンパクトにまとめるためだけではなく、左右独立クランクのこのデメリットが無視できなくなったことも要因と思われる。

(2)カワサキKR250等(一般市販車)

 1984年に登場した一般市販車KR250はタンデム2気筒で、前後気筒のクランクギアがクラッチギアに繋がり、いずれも前方向に回転するが、180度間隔点火であった。このため、クランク ギア及びクラッチギアに対する負担が大きく、クランクシャフト-クランクギア間にダンパーを設けて対処していたが・・・その結果についてはここに書くまでもないだろう。

 カワサキの元技術者・稲村暁一氏がカワサキZ1(900t4ストローク空冷並列4気筒)の前身・N600(750t4気筒)の開発について次のように語っている。

 「我々は4気筒の組立クランクは未経験の分野なので、これを2気筒ずつに分けたクランクを作れとの命令を出された〜だが、この方法は試作完成初期のベンチ運転の段階で、ひどいギヤ音が発生してあきらめた〜私としては、このとき以来トルク変動のあるものを機械的に剛に繋ぐのがどれほど困難なことか分かった(それでも後々、ZX900の2次バランサー駆動ギヤで再度この失敗をやっている。また、基本設計は私ではなかったが、2ストのKR250クランク系、2スト750tスクエアフォーの0270機のクランク系でこれに類する失敗をやっている)。」(別冊モーターサイクリスト2007-8)
 

 今となっては2軸クランクエンジンは過去のものとなりつつある。しかし、モーターサイクルエンジンの中には変速機ギアを含めて多くのギアが存在し、例え2軸クランクエンジンでなくとも、トルク変動のあるクランクシャフトの動力が様々なギアに伝わっており、見かけは単純であってもその設計・製作には多くのノウハウがあるのである。

注1 クランクのトルク変動には慣性力によるものもあるが、2軸間の位相差が0度/180度、いずれの場合も、1次慣性力によるトルク変動は2軸とも同じなので、ここでは考慮しなかった。

注2 動弁系もトルク変動が大きい。カムがバルブを開ける時はカムが抵抗を受けるが、バルブが閉じる時は、バルブスプリングの反発力によりカムがバルブに押される。従って、カムシャフトをギア駆動する場合、その駆動ギアとカムシャフトのギアとが叩き叩かれる。そしてクランクのトルク変動もこれに加わる。安易な設計をしたカムシャフト・ギアトレーンの騒音が大きく破損しやすいのはこのためである。

注3 参照頁で「2気筒分を一体シリンダーにしてスリム化し、クランク出力は左右のクランクシャフトの中央からアイドルシャフトを介して取り出す設計としました。」 とあるが、下線部は「クランク出力は左右のクランクシャフトのエンジン中央部側から」のこと。

     2006カワサキZX-RR

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