RACERS Vol13(2002年型ホンダRC211V)


 RACERS(三栄書房)で取り上げられるレーシングマシンとしては比較的新しいマシンであり、編集者のブログによると、このマシンを取り上げることについては、ホンダ広報の要望があったということである(http://racers.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/vol12-3007.html)。

 RC211Vの大きな特徴は、その75.5度V型5気筒エンジンであり、Vol13でも50〜55頁にわたって記述されている。ここではこの6頁について「校正」するのではなく、基本的な問題点について書くことにする。

 このレイアウトの発明者である山下ノボル氏の取材者に対する説明の様子が編集者のブログにある。http://racers.cocolog-nifty.com/blog/2011/12/124racersvol1-1.html

「50% 一定のアンバランス力がクランクと逆回転に回る」

とホワイトボードに書かれているが、これは、私が http://jfrmc.ganriki.net/zatu/rc211v-balance.htm で書いた

「つまり、不釣り合い力(P/2)の向きはクランクシャフトとは逆方向に回転する」

と同じことで、山下氏は基本から説明しようとしたようだ。残念ながら、取材者、ライター氏はあまり理解できなかったようで、50〜55頁の文章でRC211Vが75.5度Vである理由を読者に理解させることができるのだろうか。ライター氏の理解が悪いことの表れがライター氏が専門用語や専門用語の使い方すら 知らないことである。その代表が「位相」だ。位相とは、YAHOO辞書では

物理学で、振動や波動などの周期運動の過程でどの点にあるかを示す変数

とされている。そして「位相差」は、複数の波形を比較した場合の、その波形のずれ(ある地点の位置の位相のずれ)である。しかし、ライター氏が「位相」を次のように使っている。

a クランクピン位相
b  前後ピストンの位相は90度
c  クランク位相104.5度
d (並列4気筒について) 位相したコンロッドとピストンによって2次の強い振動が生じる
e  75.5°のシリンダー位相を持つ
f  クランクピンが位相した

 ライター氏はどうも「位相」を「位置ずれ」の意味に使っているようで、本来の位相の意味からすればa〜cは許容範囲だが、d〜fについては強い違和感がある。辞書に載っていないような意味で 専門用語を使われると、素人は調べようがない。また、dの「位相」の意味は私には全く分らない。

 また、55頁で

「クランクシャフトと同じ周期の振動が「1次振動」であり〜」

と書いているのに、他の文では1次振動とカップル振動を全く別のものとして扱っている。その一方、54頁で

「並列4気筒では1次振動は打ち消せるが〜」(180度クランク並列4気筒ではカップル振動が生じないことを無視)

となっているように、1次振動、カップル振動の意味が整理されていない。他にも「ファイアリングオーダー」「点火間隔・順序」のように統一されていない用語があったり、「「カップル振動」というものは〜力を指す」(55頁)と振動と力を混同している。

 技術的な議論をするためには論者が用語の定義を明確にした上でその意味を理解する必要があるが、一文中である事柄についての用語がまちまちであればライター氏が技術的に理解しているとはとても思えないし、まして読者が技術的に理解できる訳がない。RC211VのV角が75.5度である理由やその点火サイクルが純粋に技術的なものであるにも関わらず、これでは専門用語が意味もなく並べられた「技術もどき文学」になってしまっている。そもそも「作り込み」 、「集大成」 や「誕生日」(参考5参照)といった文学的表現がある文に期待する方が間違いなのかもしれない。

 それにしても、高校で数学、物理を学んだ読者も少なくないのだから、レベルをライター氏に合わすのではなく、もう少し読者の期待に応えられるような文にならなかったのだろうか。私としては山下氏自身の文を読みたかったところである。

 もちろん、RACERSそのもののコンセプトは評価しているのだが、今回は現役の技術者の協力がありながら、この程度のものに終わってしまっているのが残念でならない。

参考1 52頁の図(右)中、加筆した黒囲み部分で「回転上昇と共にNSR500のトルクが増加(青点線)しているのに同出力(青実線)が低下している。トルクと出力の交点(加筆した黄色矢印)から左で出力とトルクが入れ違っているのだ(参考:エンジンテクノロジー 6巻2号44頁/山海堂)。もっと真面目に作図して欲しい。

 また、燃料消費量の単位が記載されていない。燃料質量/出力エネルギー量ではなく、燃料質量/時間のようだが、出力との対比した上で評価しなければあまり意味はない。

 なお、55頁上図も作図がいい加減だが、元々、無意味な図なのでそれでもよいのだろう (燃焼室内が正圧の場合、上死点前では抵抗トルクになり上死点後では駆動トルクになることを無視して各燃焼室圧力を重ね合わせても無意味)。

参考2 54頁の

 「並列3気筒では120度等間隔爆発にするとカップル振動が問題となり、180度不等間隔爆発にした場合は、同排気量の2気筒と同等か、単気筒の1/3倍程度の1次振動が発生するので〜」

と似た次の文がWikipediaの「エンジンの振動」にあり、ライター氏はWikipediaの文を改変しRACERSに掲載したようだ。

 「直列3気筒エンジンでは等間隔爆発にすると偶力振動が問題となり、大きな排気量ではバランスシャフトの使用も検討される。180°クランクで不等間隔爆発にした場合は、同排気量の2気筒、単気筒エンジンの1/3程度の一次振動になる。」

 Wikipediaの文の後半が「同排気量の360度クランク2気筒エンジンの1/3程度、単気筒エンジンの1/3程度の一次振動になる。」だとすればある程度理解できる。54頁の「180度不等間隔爆発にした場合は、同排気量の2気筒と同等」は、ライター氏が慣性力の釣合を理解できていないために誤って改変したのだろう。


参考3 
54頁の「検討されたファイアリングオーダー」に

 「パターン1とパターン4、パターン2とパターン3は左右が入れ替わった形なので、実質的には2種類になる」

とあるが、「パターン1とパターン3、パターン2とパターン4は、♯3気筒以外の4気筒の点火順序について「後気筒→前気筒」と「後気筒→斜前気筒」とが入れ替わった形」である。したがって、(クランクシャフトのねじれ等を考慮しなければ)実質的には1種類になる。このため、上の文に続く「ファイリングオーダーでトラクション性能や燃焼振動は変わってくる」は(これがRC211Vエンジンについてのことだとするなら)意味不明である。

参考4 55頁に

 「不規則な爆発がタイヤの外周上に展開される概念を描いてみた。なお、実際には後輪が1回転する間に25〜50回の爆発が起きている(クランクは5〜10回転)。」

とある。つまり

「クランクが5〜10回転する間に5気筒で25〜50回の爆発が起きる」→「クランクが1〜2回転する間に5〜10回爆発が起きる」

になる。ライター氏にとってRC211Vは2ストロークエンジンのようだ。

 なお、このような概念図だが、ピストン等の往復運動部分の慣性力によるトルク変動が非常に大きく、特にレーシングエンジンのような高回転エンジンでは、慣性力によるトルク変動を考慮せずにビッグバンを議論することは無意味である。

参考5 52頁に

 「〜奇数シリンダーの構成は、'01年1月11日に山下の名で特許出願された(この日がV5エンジンの誕生日と言っていいかもしれない)。」

とある。人の誕生日は出生日であって出生届出日ではないのだか、なぜ「特許出願日=誕生日」という表現になるのだろうか。

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