990tYZR-M1の出力等     yamaha      

 RACERS Vol14(2013.3三栄書房)にヤマハから公開された2002〜05年のYZR-M1のボアストローク、バルブ径、出力等が記されている。このデータとヤマハが過去に公開したデータと対比し、疑問点等を列挙する。

  出力は条件により変動する。例えば気温が20℃から25℃に上がれば、単純に考えて出力は(273+20)/(273+25)=0.983倍になるし、気圧、湿度も大きく影響する。気温等による補正式はあるが、補正式は補正式でしかない。さらにエンジンそのものの個体差を考慮しなければならない。また、出力をクランクシャフトからタイヤ接地面に至る経路のどの箇所で計測した値なのか示されていないことが多い。特にあるメーカーのレーサーの出力を他メーカーのレーサーと比較する際はこれらのことに注意が必要である。

1 RACERS Vol.14とヤマハが過去に公開したデータの対比

(1)出力

a 29頁(以下、頁番号はRACERS Vol.14のもの)で出力がkWとPSで示されているが、kW/PS=75×g(重力加速度:9.80665m/s2)/1000=0.7355ではなく、0.75になっている。

 ヤマハが間違えるとは思えないので、ライター氏がヤマハから提供されたkW値を換算する際に間違えたのだろう。そうならば、本来のPSは29頁の2%増になる。

b 2-(1)-aでは2003→2004で7kW(9.5PS)以上出力向上したことになっているが、29頁では2003実戦車→2004実戦車(開幕時)で5.5KW(7.5PS)。2-(1)-aは最終戦時ではないか。

c 2-(1)-bの図では、2002→2003で4.4kW程度出力向上しているように見える。29頁では2002実戦車(開幕時)→2003実戦車で4kWでほぼ同じ。

d 2-(2)-a、2-(3)では175kW以上(超)だが、29頁では2005実戦車で174kW。29頁の2005実戦車は2005開幕時ではないか。

e 2-(5)-bでは2002→2006でエンジン出力は約35PS又は25kW(34PS)となっているが、29頁では2002実戦車(開幕時)→2005実戦車で20.5kW(27.9PS)。2005実戦車が2005開幕時とすると、2-(4)図の2005JEREZ(開幕戦)とLATESTの出力差、2-(5)-cの2006シーズン中の5PS出力向上を加算すると35(又は34)PSを超えるように思う。2-(5)-bの2002は開幕時ではないのかもしれない。

(2)バルブ径

a 2-(1)-cでは2004年型について、吸気バルブ径5.5mm、排気バルブ径2.7o拡大となっているが、29頁の表では2002年、2003年のどちらを対象にしてもこの数字にはならない。

b 31頁に2004年シーズン中の改良について「テストの初期段階から'04年シーズン最終戦までの間に10馬力程度向上させたという。このときのボア×ストローク変更とは吸気バルブ面積を広げてパワーアップを図ることが目的で〜」とあるが、2-(1)-dではボア拡大時にバルブ径を変更していない。ライター氏がバルブの単純なバルブ面積とバルブ有効開口面積の区別がつかなかったのかもしれない。

(3)最高回転数

 2-(1)-eでは2002→2004で2000rpm、2-(5)-bでは2002→2006で3000rpm増加となっている。29頁で示されているのは最高出力時回転数だが、2002実戦車(開幕時)→2004実戦車(開幕時)で増加せず、2004実戦車(開幕時)→2005実戦車で500rpm増加するに留まっている。最高回転数と最高出力時回転数の違いがあるにしても、差がありすぎるように思う。

 下表はRACERS Vol.14、Vol.13(RC211V編)に掲載されたYZR-M1、RC211Vの公表値とBMEP(正味平均有効圧)、平均ピストンスピード等を整理したものである。まさかVol.14に記載されたYZR-M1の02開幕時、03実戦車の最高出力時回転数が間違いなどということはないと思うが・・・

  RC211V
01プロト
RC211V
02開幕時
YZR-M1
 02開幕時
YZR-M1
03実戦車
YZR-M1
04開幕時
YZR-M1
05実戦車
排気量 cc 989.84 989.84 967.14 986.25 986.25 988.61
ストローク/ボア比 0.648 0.648 0.649 0.662 0.662 0.571
ストローク mm 47.3 47.3 50.6 51.6 51.6 46.8
最高出力 kW 167 166.75 153.5 157.5 163 174
最高出力時回転数 rpm 14750 14750 14750 14750 14750 15500
最高出力時平均ピストンスピード m/s 23.3 23.3 24.9 25.4 25.4 24.2
最高出力時BMEP kgf/cm2 14.0 14.0 13.2 13.2 13.7 13.9
備考:排気量は公表ボア×ストロークから計算した。    

 

2 ヤマハがこれまで公開したデータ

(1) 自動車技術会シンポジウム(2006.3)

a
 2003年から2004年にかけて7kW以上の出力向上。

b 出力変遷図(右)あり。図中「Rower」は「Power」の誤り。

c 2004年型はバルブ径拡大(吸気+5.5o、排気+2.7o)。

d 2004年中盤のレースからボア2mm拡大しショートストローク化。バルブ径変更せず、シリンダー壁面とバルブの隙間確保し、吸入空気量増加を図る。

e 2000年から2004年にかけて、2000rpm以上の高回転化を達成。

(2)自動車技術会2006春季学術講演会(2006.5)

a 最高出力175kW(注:238PS)以上。

b 2005年型はストローク/ボア比で約15%のボアUP。

c 05年型はバルブ径拡大。

(3)Motoring22(自動車技術会2006.3 PDF

 現在のモトGPレーサーは〜175kW(注:238PS)を超えるエンジン性能〜。

(4)ヤマハYZR-M1テクニカルレビューヤマハウェブサイト2005

 2004〜05のパワーカーブがある。右はプレス公開されたもの。

 

(5)2006テクニカルレビューヤマハウェブサイト2006.12

a 2001年型と比べ2006年型は38kW(51.7PS)向上

b 2002年から2006年までの間、エンジン出力は約35PS、回転数は約3,000rpm増加。図中では25kW(34PS)。

c (2006年シーズン中に)5PS・400rpm増加
 

参考 RACERS Vol.14の記述

(1) 29頁に「クロスプレーン仕様には開発コードの末尾に「A」と付けられているが、これは「そもそもは空冷であったRD05を水冷化した際、その開発コードを「RD05A」とした”故事”に倣ったもの(北川成人)」とあるが、RD05に関する記述は誤り。

・RD05は1965-66年に用いられたが、空冷を優先しながら水冷も並行して開発され、GP初登場した1965年第12戦イタリアGPに空冷と水冷の2台が持ち込まれた。スターティンググリッドに着いたのは水冷型(左)。右写真は左のエンジン部を拡大したもの。

・RD05Aは1967-68年に用いられたが、RD05を全面改良したマシン。Vバンク角も異なる。詳細はこちら

(2) 34頁に「クロスプレーンクランクおよびそれと等速回転するバランサーを組み合わせた直4については、実はカワサキが先に発案し特許を取っていた。」とある。カワサキの特許出願は1980年10月17日に行われているが、このエンジンについて元カワサキの稲村暁一氏は次のように 書いており、カワサキが特許出願したが、特許権取得はならなかったようだ。

「この案は〜島田和男君が考案しパテントを申請したが、既にこれを考えていた人間がいてパテントにはならなかった。'81年6月にエンジンを完成し、7月に実車を完成した。早速評価テストに掛けたが、このエンジンの点火間隔は90度-180度-270度-180度という変則的なもので、これの排気音は1気筒か2気筒かという程のものにしか聞こえず、あまり心地よいものではなかった。それでこのモデルも市場には受け入れられないとの評価になった。」(別冊モーターサイクリスト2007-11)

 また、34頁に「実際に設計しようとするとクランクシャフトやエンジンそのものがある程度大柄になるのを避けられない内容で、実用化もされていなかった」とあり、カワサキの特許が実用化困難なもののように書かれているが、そんなことはない。

(3) 「〜ホンダは不等間隔爆発によるトラクション向上を非常に深く考えている。〜RC211Vも端から不等間隔爆発にする前提で企画された」とある が、後段に「バランサーなしで成立させようとすれば必然的に不等間隔爆発になるわけではあるが」 とある。ライター氏は前者に力点を置いて記述しているが、レーシングエンジンのように高回転主体で使用するエンジンで、 次の2種のエンジンのうち前者を選択するのは当然である。

・バランサーなし、不等間隔点火、クランクピンオフセットなし(クランク剛性高)
・バランサーあり、等間隔点火、クランクピンオフセットあり(クランク剛性低)

 また、RC211Vの75.5度V型5気筒レイアウトの発明者であるホンダの山下ノボル氏が「レースバイクの速さ「エンジン爆発間隔の不思議 」」(日本機械学会誌2006.9)で下のように書いており、2006年9月時点で、山下氏自身は「不等間隔爆発によるトラクション向上を非常に深く考えていた 」訳ではないようだ。下線部はライター氏の意見だろう。ところで「深く考えている」とはどんなことを指すのだろうか。

「(トルク変動グラフについて)L4等間隔爆発のトルク変動振幅の大きさが目につき、2ストロークと同じく不等間隔爆発に絶対的な優位性があるかどうはセンスとして迷うところである。1990年代の市販車ベースのレースではV4とL4の実力は拮抗していた事実もあり、4ストロークエンジンでは不等間隔爆発の効果は2ストロークエンジンにおけるよりも少ないであろうと筆者は考えていた。他者の技術者も同様に考えていたため2004年までL4不等間隔爆発のマシンは登場しなかったと思われる。」

 

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