嫌いな言葉

  私が使いたくない言葉は、「先見の明」、「革新的」、「驚愕」、「驚異」、「理論的」といった類である。

 ジャーナリストは「革新的」、「驚愕」等を連発するが、彼らがレーシングマシンの歴史をどの程度知っているのだろうか。
また、熱力学、慣性力の釣合いどころか、高校、中学の物理、数学、化学、国語をどれだけ理解しているのだろうか。素養のない者が行う技術的な評価は、小学生の夏休みの宿題のレベルでしかない

 物事には表と裏がある。例えば4ストロークV型2気筒でクランク大端部が1本の場合、クランクシャフトのベアリング数は並列2気筒より少ないが、大端部が長くなり曲げに対して弱くなるため、大端部の径を太くしなくてはならないし、カムシャフト駆動機構は2倍必要である。V型2気筒が並列2気筒よりクランクシャフトのベアリング数が小さく摩擦損失が少ないというのであれば、トータルの摩擦損失、ポンプ損失がどうなるのか数値で評価すべきである。ある側面だけを数値なしに評価するのは科学ではなく文学である。

 あるメーカーが一般的なキャブレター方式より遅い燃料噴射2ストロークエンジンのレーサーを公表し(※)、「従来のキャブレター方式より5%燃費が改善された」と自慢していた。これは昔からレースで言われている「速く走れば燃費が悪くなる→遅く走れば燃費はよい」ことを逆に証明しただけである。燃料噴射を採用する以上、キャブレターのマシンより速くなければ意味がないのに、遅くしか走れないが燃費のよい単に未完成なものを自慢しただけだと思うが、雑誌屋に言わせると「革新的」なのだそうだ。この理屈でいえば、軽自動車の燃料噴射エンジンはキャブレターより優れているのでかなり革新的なエンジンである。 
 (
燃料噴射2ストロークエンジンのレーサーを初めて実戦に登場させたのはこのメーカーではない。)

 あるメーカーが4ストロークV型4気筒市販車を発売したとき、V型4気筒のメリットとして「1次 振動が理論上ゼロ」と宣伝していた。では並列4気筒は理論上ゼロではないのだろうか。1次慣性力の釣合いに関してどちらが有利なのだろうか。

 あるエンジン設計コンサルタントが「エンジニアが理論的と言うときは、エンジニアが嘘をついているときだ。」というようなことを書いていた。ジャーナリストにはどうせ「理論」はわからないのだから、いい加減な理論でも通用し、それがいつの間にか常識になってしまう。「盗人にも三分の理」とはよく言ったものである。これは二輪に限った話ではない(自動車の例)。

 私が知っているレーシングマシンはせいぜい戦後のものでしかないし、工学もごく一部しか知らない。また、私が見ることのできるレーシングマシンは、メーカーがテストしたものの一部の成果でしかない。そして、限られた知識しか持っていない私には「先見の明がある」とか「理論的に優れている」、「驚愕の」等とはとても判断できないし、書くこともできないのである。

MENU