2 1966年

1966年型のマシンはRK66と称呼されているが、エンジン/フレーム打刻は1965年型のRK65と同じ「K5」であり、RK65最終型の性能向上を図ったマシンである。RK65最終型エンジンは「オイルポンプあり、水ポンプなし」だったが、RK66も同じである。右は、アンシャイトが貸与されたマシンにサーキット以外で跨っているようだが、エンジンの水ポンプはなく、クランクケース上にオイルポンプが見える。また、RK65には12段変速機と10段変速機があったが、RK66では12段変速機一本となった。
 フレームはRK65最終型と同じアルミ製である。
 
  第1戦
スペインGP、アンシャイト(下左端、K5-174/K5-58)はスタートに失敗、1周を終わりタベリ、アンダーソン(下左、K5-171/K5-60)、ブライアンズ。アンシャイトは最高ラップを出し9周目にはアンダーソン、ブライアンズを抜き2位に上がるが、しばらく3人による2位争いが行われる。結局、レースはタベリが1位、アンシャイトが2位、ブライアンズ3位、アンダーソン4位。
        
 スペイン                  ドイツ               オランダ

 第2戦ドイツGPは、アンシャイト(上中、K5-174/K5-58)がスタートよく飛び出しそのまま独走し優勝。アンダーソン(上右※、K5-165/K5-59)はややエンジンの調子がよくなかったようで3位。ブライアンズ、タベリが2、4位。
 第3戦オランダGP、シーズン前に負傷した片山、前年のイタリアGPで骨折したデグナーが復帰。
 レースは、タベリ、ブライアンズが1、2位、アンダーソン(上右端の左上、K5-172/K5-60)、アンシャイト(ゼッケン4、K5-174/K5-58)、片山義美(ゼッケン7、K5-156/K5-56)が3、4、5位、ブリヂストンの森下勲がヨ−ロッパのGPレ−スに初出場し、6位、デグナー(K5-173/K5-55)が7位。

 海員ストで開催が遅れた第4戦TTレ−ス、通常は10秒間隔で2台ずつスタートするが、出走車が17台と少なく全車同時スタ−トとなった。スタ−トから7マイル地点の順位は、アンダーソン (右のゼッケン3、K5-172/K5-59)、タベリ、ブライアンズ、片山義美(K5-171/K5-57)。しかし間もなくアンダーソンは軽いピストン焼付で後退。17マイル地点では、ブライアンズ、タベリ、片山義美、アンシャイト(右のゼッケン7、K5-156/K5-58)、アンダーソン、デグナー(K5-160/K5-55)の順。しかし、2周目になるとアンシャイトがブレイヒルでピストン焼付でリタイア、片山義美も同じトラブルで脱落。結局、ブライアンズ、タベリが1、2位、アンダーソン、デグナーが3、4位。
 デグナーはこのレ−スを最後にスズキから去った。
 
 第5戦イタリアGP、アンシャイトのマシンはプラクティスでエンジンが吹けなかったが、排気管後端を15o程度切断することで解決、レースに臨んだ。
 レースではタベリ、ブライアンズが飛び出すが、アンシャイト(左、K5-180/K5-61)、アンダーソン(右、K5-181/K5-59)
がすぐ後につける。ホンダの2人がリードを広げるが、アンシャイトもペースを上げ2人を抜き、さらにリードを広げ優勝。ブライアンズ、タベリが2、3位、アンダーソンが4位。
 この結果、メ−カ−タイトルはホンダが獲得したが、より重要なアンシャイトとタベリの個人タイトル争いは最終戦日本GPに持ち越された。アンシャイトは、タベリより上位かつ2位以上であればチャンピオンという形勢である。
 

 第6戦(最終戦)日本GP(富士スピードウェイ)、ホンダはシーズン中に予告したとおりボイコット。ポールは片山、以下、アンシャイト、アンダーソン、伊藤光夫、森下、ロブ(ブリヂストン)、フィンドレー(ブリヂストン)と続く。
 下左端(※)、下左は左シフトのアンシャイトまたは日本人ライダーのマシンで、ロータリーバルブカバーへの配管、クランクケース上のオイルポンプがなく、オイルポンプのあった場所は蓋がされたのだろう。
このレースでは、全車、それまで装着していたオイルポンプを外して臨んだようだ。

  レース(上右)では片山(上右端、K5-170/K5-57)、アンシャイト (左※、K5-172/K5-61)、アンダーソン(K5-176/K5-60)が一団となって飛び出し森下が続く。1周目の終わりでは片山、アンダーソン、アンシャイトの順で通過、森下がその後に続くが、森下は2周目のヘアピンで転倒、リタイア。片山は順調にリードを広げそのまま初優勝。アンシャイト、アンダーソンの2位争いは、アンダーソンが一歩引いた形でアンシャイトが2位入賞し、アンシャイトがタイトルを獲得した。スタートで遅れた伊藤(K5-171/K5-54)は4位。
 

 1965年と同様、スズキとホンダの差は僅かなものだったが、結果的に高速コースではスズキがホンダに対して優位に立っていたことがわかる。ホンダが最終戦日本GPに出場したとしても、高速コースである富士でのスズキの優位は変わらなかっただろう。しかし、アンシャイトが2位入賞できたか、マシントラブルを起こさなかったかどうかはわからない。その意味でホンダが日本GPをボイコットしたことが残念でならない。1966年を最後にホンダは50ccクラスから撤退、このクラスにおける2ストロークと4ストロークの対決は終わってしまったのだから・・・

 1966年にレースに出場したRK66のエンジン、フレームは次表のとおり。

E/F番号  E A N TT I J 備考
エンジン K5-156     片山 Anscheidt     片山用
K5-160       Degner      
K5-165   Anderson         アンダーソン用
K5-170           片山  
K5-171 Anderson     片山   伊藤 片山用
K5-172     Anderson Anderson   Anscheidt アンダーソン用
K5-173     Degner        
K5-174 Anscheidt Anscheidt Anscheidt       アンシャイト用
K5-176           Anderson アンダーソン用
K5-180         Anscheidt   アンシャイト用
K5-181         Anderson   アンダーソン用
フレ|ム K5-54           伊藤 伊藤用
K5-55     Degner Degner     デグナー用
K5-56     片山       片山用
K5-57       片山   片山 片山用
K5-58 Anscheidt Anscheidt Anscheidt Anscheidt     アンシャイト用
K5-59   Anderson   Anderson Anderson   アンダーソン用
K5-60 Anderson   Anderson     Anderson アンダーソン用
K5-61         Anscheidt Anscheidt アンシャイト用  

 1965年型のRK65のエンジン番号はK5-157まで、フレーム番号はK5-55まで確認されている。単純に考えれば、1965年最終戦日本GPに出走したマシンが1966年も走ったことになる。しかし、1966年に走ったマシンのうち、エンジン番号/フレーム番号の若いものは第3戦オランダGP以降にレースに用いられている(それまでもプラクティスを走った可能性はあるが)。とすると第3戦オランダGPに走ったマシンはRK65とは異なる新型でカルネの関係で古い番号を打刻された可能性がある。
  もう一つ気になるのが、エンジン番号K5-160〜169のうちレースで使用されたものが2基しかないことである。第1戦で170、174が用いられているにも関わらず。トラブルが多発し消耗してしまったのか、単に担当者の気まぐれで番号を飛ばしたのか・・・

3 1967年

 1967年型のRK67は、RK66に水ポンプを装着する等、改良を加えたマシンである。オイルポンプがRK66と同様装着されたが、使用されなかったようだ。また、RK66の12段変速機に加え14段変速機も用意され、これが主に用いられた。
 フレームはRK66と同様にアルミ製のみが用いられ、最終戦日本GPにはエンジン搭載位置を上げた新型が登場した。

  1967年シーズン、ホンダの姿はなかったが、この時点ではホンダの不参戦は一時的なもの捉える向きが多かった。このため、RK67の改良はもちろん、50cc3気筒RP66の開発も継続して行われた。

 第1戦スペインGPは、アンシャイト(左、K7-6/K7-50、片山(K7-3/K7-52)が1−2位。アンシャイトは12段変速、片山は14段変速を使用したといわれているが、この後のレースでは14段変速が主に用いられたようだ。
  第2戦
ドイツGP、アンシャイトが優勝(K7-1/K7-53)、片山(K7-3/K7-52)、グレアムは(K7-5/K7-51)はリタイア。
 中は片山またはアンシャイトのマシン。右のゼッケン201はアンシャイトのマシン、203はグレアムのマシン。
 
スペイン ドイツ  

   第3戦フランスGPは、片山(K7-3/K7-52)、アンシャイト (K7-6/K7-50)。グレアム(K7-5/K7-51)はタンクキャップが外れ燃料が飛び散ったため、遅れてしまい3位。
 
第4戦TTレ−ス、伊藤光夫は、公式練習で転倒し手首骨折で 欠場。
 50ccクラスは1966年に引き続いて全車同時スタート。片山(下左端、K7-2/K7-51)は点火プラグがかぶってしまい、途中でプラグを交換、追い上げるが、2周目に転倒。3周目、トップのアンシャイト(K7-1/K7-53)がバラクレーンで片肺になり遅れグレアム(下左、K7-3/K7-52)にトップを奪われるが、バラフブリッジでジャンプした拍子に復調。しかし、グレアムがそのまま優勝、2位アンシャイト。この結果、スズキがメ−カ−タイトルを獲得した。
         
         TT            オランダ           ベルギー


 第5戦オランダGPは、片山(上中、K7-3/K7-52)が優勝。アンシャイト(K7-10/K7-50)はプラグがかぶりペースダウン、さらに排気管が脱落しピットイン、修理し復帰するが4位。グレアム(K7-6/K7-53)はエンジン故障でリタイア。
 
第6戦ベルギ−GPは、アンシャイト(上右の後、上右端、K7-1/K7-50)、片山(上右の前、K7-3/K7-52)、グレアム (K7-10/K7-53)が1−2−3位。この結果、最終戦を待たずにアンシャイトが個人タイトルを獲得した。

 第7戦(最終戦)日本GP(富士スピ−ドウエイ4.359kmショートコース)では河崎裕之、谷野明年がRK67でGP初出場、河崎に与えられたのはRK67Uで、RK67エンジンをエンジン搭載位置を上げたフレームに搭載し前面投影面積を減少させたマシンである。なお、プラクティスで伊藤光夫が50cc3気筒RP66を2〜3周走らせたがレースでは使用しなかった。
  ポールは片山義美(1分50秒35)、以下、伊藤光夫、グレアム、河崎、アンシャイトと続く。
 レース1周目のヘアピンでは河崎(下左端、K7-1/K7-2-50)が最初に姿を現し、以下、アンシャイト(K7-7/K7-55、下中のマシン)、伊藤(下右、K7-9/K7-51)、ブスケス(デルビ)、グレアム(下左※、K7-5/K7-53)。1周目の終わりではアンシャイト、河崎、グレアム、伊藤。伊藤は2周目に首位に立ち、グレアムも3周目のストレートで2位に浮上。そのまま伊藤が優勝、2位グレアム。アンシャイトはエンジンの調子が悪くなり後退、河崎が3位、4位アンシャイト。谷野(下右端※、K7-3/K7-54)は一時5位だったが転倒リタイア。
   左端と左のマシンを比較すれば、RK67Uの最低地上高が高いことがわかる。また、中のアンシャイトのマシンのクランクケース上に水ポンプ、オイルポンプが見える。このマシン(フレーム番号K7-55)は現存している。

 1967年にレースに出場したRK67のエンジン/フレームは次表のとおり。

E/F番号 E A F TT N B J 備考
エンジン K7-1   Anscheidt   Anscheidt   Anscheidt 河崎 アンシャイト用
K7-2       片山       片山用
K7-3 片山 片山 片山 Graham 片山 片山 谷野 片山用
K7-5   Graham Graham       Graham グレアム用
K7-6 Anscheidt   Anscheidt   Graham     アンシャイト用
K7-7             Anscheidt  
K7-9             伊藤  
K7-10         Anscheidt Graham    
フレ|ム K7-50 Anscheidt   Anscheidt   Anscheidt Anscheidt   アンシャイト用
K7-51   Graham Graham 片山     伊藤 片山/グレアム用
K7-52 片山 片山 片山 Graham 片山 片山   片山/グレアム用
K7-53   Anscheidt   Anscheidt Graham Graham Graham アンシャイト用
K7-54             谷野  
K7-55             Anscheidt  
K7-2-50             河崎  

 1967年のRK67のフレーム番号は50番台のみが確認されている。K7-1〜というフレームが存在したのだろうか? しかし、125ccのRT67U、RT67Vも同様に50番台のフレーム番号のみが確認されていることから、おそらくアルミフレームは50番台から始まるようにしたもので、フレーム番号1〜は存在しなかったのだろう。しかし、125cc4気筒RS67Uではアルミフレームにも関わらずフレーム番号は1から始まっている。明確なルールがあったわけではないようだ。
      
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