2 1973〜79年に再公開されたマシン

  1973年に複数の雑誌、1979年にはイギリスのジャーナリストにRS67U(下表のA〜C)が公開された。いずれもレストア前の状態であり、A、B、Cとも、後スイングアームは、67年日本GP時の丸断面から角断面のものに変更されている。また、排気管の形状も異なる。

A B C
オートバイ誌74年3月、日本のレーシングモーターサイクルの歴史(73八重洲出版)、別冊モーターサイクリスト誌95年3月 日本のレーシングモーターサイクルの歴史 TEAM SUZUKI、SUZUKI(by Jeff Clew, 1980 Haynes)
- スタジオ写真 スズキ社内で取材

 AとBは前フォーク、ハンドルバーの形状が異なるので、一見、別のマシンのようであるが、よく見ると、ラジエーター右の塗装傷が全く同じであるなど、前フォーク周り以外に異なる点が見あたらない。
 おそらくAが先に撮影され、前フォーク周り(ハンドルバーを含む)ごと交換した後、Bが撮影されたのだろう。では、Bの前フォーク周りはどこから来たのか?
                                                                                                                                                        

  Bに装着されたフェアリングのゼッケン「11」であり、片山義美が1968年3月のシンガポールGPで使用したゼッケン(右写真、カタヤマレーシングHPから引用)と同じである。また、シンガポールで使用されたマシンの前フォークは明らかにBと同じである。また、Bの前ブレーキパネルは後部に穴が開けられ、通気性を良くしている(高温な天候への対応?)。したがって、Bの前フォーク周り、フェアリングは、シンガポールで走ったマシンのもののようだ。

 さて、当時のスズキレーサーのシフトペダルは変速機に直接付けられることが多い。この場合、左側から見てペダルを踏み込んで、シフトシャフトが右回転する。A(B)はリンクを介しているが、同様にペダルを踏み込んでシフトシャフトが右回転する。ところが、上右のCのは、ペダルを踏み込んでシフトシャフトが左回転する。
  
 片山義美は、変速機のシフトパターンをレーサーパターン(踏み込んでシフトアップ)、一般市販車パターン(踏み込んでシフトダウン)の両方で使えるようにしていた、ということであるから、Cのマシンは片山用だろう。
  また、Cのマシンのタンクマークはそれまでのものと異なり、大きく「SUZUKI」と書かれている。シンガポールGPでの片山のマシンの写真を見ると、通常の位置に通常のタンクマークが見えない。
 とすると、Cは1968年シンガポールGPを走ったマシンであろう。そして、Aをスタジオ写真撮影する前にCのフロントフォーク周りがAに移設され、Bとして撮影されたのだろう。

 右はいずれもAの写真であるが、左端写真のクランクケース上右後端にオイル吐出口が見える(ホースは未接続)。おそらく、この下に変速機
潤滑用オイルポンプがあり、吐出口→オイルクーラー→分配器→各部へと流れるようだ。また、ロータリーバルブカバーの中央にホースが伸びているが、クランクケース後端に置かれたオイルポンプからエンジンオイルが送られる。クランク大端部潤滑用である。左写真にオイルポンプが見える。
 右写真では水ラジエーター左端に装着されたオイルクーラーと配管が見える。右端写真のシリンダー後部に変速機オイル分配器と回転計ケーブル取出口が見える。

3 現存する4気筒、3気筒

 (1)S8-2/S7-2-1

 
 1983年に1台のRS67Uがレストアされ、タイムトンネルで走った後、フジモーターミュージアムに展示された。そして、95、96年の鈴鹿ヒストリックミーティングでも走った。これは先のB、Cのどちらかなのだろうか。よくわからないが、次の理由からCをレストアしたものの可能性が高いと思う。
        
 1996年鈴鹿ヒストリックミーティング。水ラジエーター左端
オイルクーラーはない。1994年末に再レストアされた際、
通常の水ラジエーターに交換されたのだろう。
   1997年鈴鹿ヒストリックミーティング

・開発中にレース活動が中止になり、機密保持の意義も薄れたとはいえ、B、C以外に残っている可能性は少ないと思われる。
・レストアされたマシンのエンジンとA(B)のエンジンを比較すると、クラッチ作動機構に開けられた穴の配置が異なる。レストアされたエンジンとCのエ ンジンに違いは認められない。
・フレームの溶接跡も区別しにくいが、レストアされたS7-2-1フレームの溶接跡はCに近いようである。
・前ブレーキはBのものではない(冷却孔はない)。

 また、1983年のタイムトンネルを走ったRS67Uのレストアについて、伊藤光夫氏は「工場の隅に残っていたエンジンからベアリングをはずして取り付けた」と語っている。これが正しいなら現存する2台以外にエンジン1基分がスズキ本社に残っている可能性がある。あるいは、2台のうちの他の1台のエンジンからベアリングを取り外したのかもしれないが。

 本来、このマシンは次のように「RS68」と呼ぶべきであると考えられる。

・エンジン打刻が「S8」であり、RS68エンジンである。前述のように1968年2月19日にS7-2-2エンジンによるベンチテストが行われ、その2日後にGP撤退が発表され、GPマシンの開発がストップしたことからすると、S8と打刻されたRS68エンジンはRS67-2エンジンと基本的に同じであり、RS67-2エンジンの下周りを使用してRS68エンジンの開発が行われていたと思われる。
・「RS68」は、このマシンのように「S8」エンジンを、改良型スイングアームを装着した「S7-2」フレームに搭載したマシンだと思われる。1965年の125cc2気筒RT65、1966年の50cc2気筒RK66は、機種名とエンジン/フレーム打刻とが一致しておらず、このようなことは珍しくなかった。ただし、本来のRS68は、S8エンジンをS8フレームに搭載する予定だったが、S8エンジンが先に完成した前後にGP撤退表明が行われたため、S8フレームが完成せず、S7-2フレームにS8エンジンと搭載し、1968年シンガポールGPに出場した、という可能性もある。

 なお、このマシンの何回かのレストアの段階で、エンジンが積み替えられた可能性はある。

 2010年8月、浜松市美術館で行われた「オートバイデザインの半世紀」で展示されたが、エンジンがS8-2から別のエンジンに積み替えられたようだ。

(2)イギリスにあるRS67U
  「Team Suzuki」によれば、バリー・シーンがRS67Uエンジンを所有しているとのことである。また、サミーミラーミュージアムにもRS67Uがあるが、エンジン以外はRS67Uではない。フレームを新しく作り、それらしいパーツを装着しただけのマシンである。このマシンのエンジンはシーン所有だったものだろう。
 左はシーンが所有していたと思われるRS67Uエンジン。クランクケース後端のエンジンオイルポンプとディスクバルブカバーへの配管、その手前の変速機オイル吐出口(ホースが差し込まれている)、右シリンダー後方の水ポンプ、その奥の変速機オイル分配器、回転計ケーブル取出し口などが見える。



(3)RJ66
  本文のJ6-53クランクケースの写真は、私が1989年に撮影したものである。現在は東海地方に現存しているようだ。

(4)スクエア4気筒
  「TEAM SUZUKI」ではRS65について、次のように記述されている。
  "〜 power take-off via a primary shaft running above and aft of the rear cranks. The primary shaft also drove the water-punp and tachometer.〜whilst the final drive was via separate shaft - which also drove the oil-pump - positioned behind the output gearshaft for sprocket alignment reasons."、
 前述のようにRS65の軸配置が設計段階で構想図から変わった可能性があるため、この記述と構想図が食い違っていても不思議ではない。しかし、1965〜66年当時、スズキレーサーの水冷エンジンには水ポンプがないのが通常であったのに、当初から水ポンプが装着されていたのか疑問である。
 おそらく「TEAM SUZUKI」の著者は、水ポンプが装着された後期のスクエア4気筒のエンジンの写真かエンジンの実物を見たのだろう。仮に後者だとしたらそのエンジンは今も残っているだろう。保有者がスズキ本社なのか、個人(流出したもの)なのかは・・・TEAM SUZUKIのacknowledgementのところに"Mr ○○ kindly gave me the run of the factory racing department, allowing to photograph hitherto secret racing machines."とあることから、この本に記述されているもの以外に生き残っているマシンがスズキ本社にある可能性はある。

4 諸元等

 125cc4気筒、3気筒の主な諸元等は次のとおり。各マシンとも推定を含む。

RS65 RJ66 RS67 RS67U/RS68
開発時期 1964.11〜1967.4 1965.11〜1967.1 1967.2〜1967.8 1967.7〜1968.2
エンジン型式 水冷スクエア4気筒 水冷”スクエア”3気筒(スクエア4気筒の右後なし) 水冷スクエア4気筒 水冷90度V型4気筒
ボア×ストローク 35.5×31.5mm 38.5×35.75o 35.5×31.5mm
クランクシャフト 4気筒別体 3気筒別体 4気筒別体
動力伝達経路 前クランク→後クランク→ジャックシャフト→クラッチギア→変速機メインシャフト→カウンターシャフト(→スプロケットシャフト?) 前クランク→後クランク→延長軸→クラッチギア→変速機メインシャフト→カウンターシャフト 前クランク→後クランク→ジャックシャフト→クラッチギア→変速機メインシャフト→カウンターシャフト→スプロケットシャフト 各クランク→ジャックシャフト→変速機メインシャフト→カウンターシャフト→スプロケットシャフト
エンジン回転方向 前クランク:前方(または後方?)
後クランク:後方(または前方?)
前クランク:後方
後クランク:前方
前クランク:後方
後クランク:前方
前方
圧縮比 8.4
変速機段数 8(→9→10?) 9 12
水ポンプ
エンジンオイルポンプ 後期にテスト? 初期は有?後期は無? 装着 装着(※2)
変速機オイルポンプ 後期に装着 変速機上右後に装着。オイルポンプ→オイルクーラー→後シリンダー後部分配器→各部
点火方式 マグネト
点火間隔 180度(左右の前後気筒が同時点火) 180度(左前後気筒は同時点火) 180度(左右の前後気筒が同時点火) 180度(対角線上の気筒が同時点火)(90度等間隔点火もテスト)
キャブレター M20? M26? VM24? VM24
最高出力(※1) 42PS/16500rpm(RS67U)
車重(燃料なしの半乾燥) 95kg
軸距 1240mm
タイヤ 2.50-18/2.75ー18 2.50-18/2.75ー18
ブレーキ 前2リーディング/後シングルリーディング 前2リーディング240mmφ/後シングルリーディング220mmφ

※1:後車軸出力  
※2:クランクケース上部後端にオイルポンプがあり、パイプがディスクバルブカバーに伸びている。実戦ではオイルポンプは使用されなかったと
  思われる。
※3:4気筒の各型の開発時期が重なりあっているが、新型の開発に着手したとしても、新型1号機エンジンが完成するまでの間は、旧型を用いて
  クランクケースより上の部分の開発が行われたと思われる。   
                                                                                                                             
                                                                                                                              
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