スズキ XR

 スズキのファクトリーマシンはRGVΓ500、GSV-Rといった一般的な名前以外に、XR○○という機種記号が知られている。例えばTR500がXR05、TR750がXR11、最初のRG500がXR14、2002年型GSV-RがXRE0である。

 ところが、1976〜82年のRG500の機種記号に右の3説があり、長い間混乱していた。なお、海外の本、雑誌ではいずれもTEAM SUZUKIと同じだったようだ。

 そこで、写真などからマシンの各部品の刻印、浮き彫りを確認したところ、下表のとおりとなった。なお、レーシングマシンを構成する部品は数多い。毎年、改良を加えるとしても100%の部品が新しくなるわけではない。変更しない部品の部品番号は変更しない可能性が高い。したがって、スズキのレーサーの部品番号を確認して、そのマシンの機種記号を特定しようとする場合、このことを考慮しなくてはならない。

  TEAM
SUZUKI
94別冊
モーターサイクリスト誌
グランプリ・
イラストレイテッド誌
76 XR14 XR14 XR22
77 XR14 XR14 XR22
78 XR22 XR22 XR27
79 XR27 XR27→XR34 XR35
80 XR34 XR34 XR35
81 XR35 XR35→XR40 XR40
 

  「TEAM SUZUKI」はby Ray Battersby(Osprey 1982)
 

76 確認できず。
77 ホンダコレクションホール展示マシンのクランクケースに1400、シリンダーヘッド、ステアリングアッパーブラケットにXR1400の浮彫あり。
78 「The Racing Motorcycle」(by Vic Willoughby, Hamlyn 1980)の写真では、クラッチ作動機構にXR22の浮彫あり。
79 フジモーターミュージアムに展示されていたマシン(ゼッケン16)の右クランクケースカバーにXR27の浮彫あり。
80  シーズン前公開されたマシンのクランクケース、クランクケースカバーにXR27、ロータリーバルブカバー等にXR22の浮彫あり。 
81  91日本GPに展示されたゼッケン3のマシンのスチールフレームにXR35の刻印、シリンダー、ロータリーバルブカ バーにXR35の浮彫あり。
82 フジモーターミュージアムに展示されていたマシンの右クランクケースカバーにXR40の浮彫、サスペンションのリンクにXR40の刻印、ロータ
リーバルブカバーにXR35の浮彫あり。

 

78年型。クラッチ作動機構にXR22の
浮彫あり。
79年型の右クランクケースカバーにXR27の浮彫が見える。 80年シーズン前公開されたマシン。左のクランクケースにXR27、ロータリーバルブカバーにXR22、中のクランクケースカバーにXR27、右のクラッチプレートにXR?2の浮彫が見える。

   1981年型からエンジンが小型化したのだから、1980年型の主要なエンジン部品が1981年以降も使用されたとは考えにくい。したがって、1981年型がXR35、1982年型がXR40であり、1980年型はXR35ではないと考えられる

  さて、1978年型ではエンジン左にあったクラッチ作動機構が1979年型では右(クラッチの外側)に移った。したがって、少なくともクランクケース、右クランクケースカバーは1978年型と1979年型とでは共通ではない。1979年型、1980年型ともこの部品にXR27の浮彫があることから、1978年型がXR27というのはおかしい。1979年型、1980年型のエンジンが事実上同じとするなら、1979年型はXR27だろう。1980年型は? 

 残念だが、私自身の目でXR34の刻印、浮彫を確認することはできなかった。TEAM SUZUKIによればRandy Mamola、Graeme Crosbyは、XR3400、XR3402H、XR3403H、XR34M1、XR34M2の5種類のフレームを使用したということだ。ここまで詳しく書かれると疑うことすらためらわれてしまうので、1980年型はXR34が正解なのだろう。
   ただし、1979年の後半、Barry Sheeneに1980年型プロトタイプと思われるフレームのマシンが与えられた。このフレームがXR34なのか、XR27(この場合、それまでのフレームはXR22の可能性もある。ライダースクラブ誌84-3に「79オランダにXR27フレームを送る」の記述あり。)なのかはわからない。

 1978年型がXR27ではないと書いたが、1979年型のロータリーバルブカバー、1978年型のクラッチ作動機構にXR22の浮彫があることから、1978年型はXR22なのだろう。

 ホンダコレクションホールにある1977年型で1400の浮き彫りが確認できた部品のうち、クランクケースとステアリングブラケットは1975年型以前と共通である可能性はあるが、ボア×ストロークが1976年から変更になっているので、シリンダーヘッドは共通ではないはずである。にも関わらず「1400」という浮彫があるので、1977年型は1975年以前と同様にXR14であり、1977年型は1976年型と基本的に同じなので、1976年型もXR14と考えられる。ただ、「1400」の「00」は後述のように本来、仕様変更を示すが、「00」であれば1974年から変更されていないことになる。この辺りはファクトリーマシン故の曖昧さなのだろう。

 このマシンには「RGA500 XR22」で1977年のマシンという説明書きがある。エンジンがstepped-engine(前後のシリンダー位置が階段のように上下にずれている)でないこと(右写真)、その他外観から1977年型と分る。機種名の説明書きのみが間違っていると考えられるが、コレクションホールがグランプリ・イラストレイテッド誌の誤りをコピーしたのだろうか。

私の結論
 76   XR14
 77   XR14 
 78   XR22
79   XR27
80   XR34
81   XR35

   現在では1976-82の間違った機種記号は日本の雑誌・本からかなり駆逐されたようだ。それにしてもグランプリ・イラストレイテッド誌 のライター氏はどんな資料を元にしてあのような記事を書いたのだろうか。

備考 XR以前

 XR記号が用いられる前は、R記号が存在していた。1967年型レーサーを観察すると、RK67の部品には「○○○○○R03○○○」、RS67Uの部品に「○○○○○R02○○○」という浮彫が見られる。
現存するRS67Uの前ブレーキパネルの
浮き彫り。  「54310R02000」と読める。
125cc2気筒右クランクケースカバーの浮き彫り。   
  また、サミーミラーミュージアムに展示されていたRT63、これはいくつかのパーツを組み集めたもので、クランクケースは後端の形状からするとRT67のもののようだが、右上のように一部の部品に「〜R01〜」という浮彫がある。また、現存する50ccV型3気筒のRP68のエンジン部品には「〜R04〜」という浮彫がある。したがって、右のような関係と思われる。     RT67(125cc2気筒)・・・R01
  RS67(125cc4気筒)・・・R02
  RK67(50cc2気筒)・・・・R03
  RP68(50cc3気筒)・・・・R04

  スズキの一般市販車の部品番号は上の写真の部品番号と同様、「○○○○○−△▽▲○◎」という方式であり、△▽▲が機種、○◎が仕様変更、○○○○○が部品の部位(例:「11111」がシリンダーヘッド)を示している。1966年以前のレーサーの部品番号体系はこれらとは全く異なるので、スズキの部品番号体系が1967年から市販車、レーサー共に変更されたものと思われる。レーサーの部品番号体系上の機種記号として、R(レーサー)、そして開発順に01、02と番号を付けたようだ。そして、1969年頃に「R」の前に「X」を付け加えた新たな機種記号が始まった。記念すべき最初のXR01は4輪のLC10(フロンテ)用キットパーツである。

 「X」はプロトタイプを示すものと思われ、モトクロッサー、限定供給キットパーツ、当初は四輪にも用いられたが、四輪は後に次のように「Y」が用いられた。

・スズキは1990年代にF1(4輪)エンジンの開発を行っており、左がYR91(開発期間1991〜94年:3.5リッター12気筒(85×51.3))、右はYR95(開発期間1995〜97年:3リッター10気筒(90x47.1))である。

MENU