出力とラップタイム差、最高速
4輪の場合、ウイング、ボディ下面の形状等でダウンフォース(下向きの力)を得ている。ダウンフォースを増すようにウイングの形状を変更すれば空気抵抗の増加に繋がる。したがって、ウイングの形状をあまりにダウンフォース優先(コーナーリング優先)に し過ぎれば直線でのタイムが落ちてしまうだろうし、ひどい時は高速コーナーも出力が不足して速度が低下するだろう。F1とF3のウイングの形状を比較すればF1の方に出力 の余裕があるため、ダウンフォース優先(空気抵抗大)の形状になっている。したがって、F1の方がF3よりコーナーを早く走ることができる。
2輪の場合は、ウイングによりコーナーリング速度を上げることはできず、出力の向上はサーキットの直線部分(鈴鹿のスプーンコーナー後の高速コーナー等、スロットル全開部分を含む)だけで御利益がある。
1 簡易式
次の仮定条件で一定の長さの直線の加速時間と出力の関係を計算してみる。
○ 空気抵抗はない。
○ 転がり抵抗はない。
○ 出力は一定とする。
○ ブレーキ開始地点は同じ。
出力=仕事/時間=力×距離/時間=力×速度(=トルク×回転数
)であるから、力=F、出力=N、速度=v、距離=Sとして
F=N/v・・・(1)
ニュートンの運動の第2法則では
F=ma (F:力、m=質量、a=加速度)なので、これを(1)式に代入してやると
a=F/m=N/mv・・・(2)
加速度を示す式に、出力、質量、速度しかなく、トルクがどこにもないことに疑問を持たれる方がいるかもしれない。 重要なのはある瞬間の出力である。 「出力よりトルクが加速に影響する」 といわれるが、 「最高出力発生回転数より最大トルク発生回転数の方が低く、最高出力よりトルク発生回転数での出力の方が実際の加速条件での出力に近い」 ために、そう見えるだけだ。トルクは減速比によっていくらでも増減できるので、回転数を無視してトルクの絶対値を比較することは無意味である。自転車のクランク軸のトルクがどれだけあるか考えてみれば、トルクの絶対値のみを比較し優劣を判断することがいかに馬鹿げているか分るだろう。 |
aは速度の時間微分であるから
dv/dt=N/mv・・・(3)
簡単な微分方程式になる。t=0のときv=0として、これを解くと
v=(2N/m)1/2×t1/2・・・(4)
v=dS/dt であるから、
dS/dt=(2N/m)1/2×t1/2・・・(5)
これを解くと
t=(9S2/8)1/3×(m/N)1/3・・・(6)
したがって、「一定距離の加速時間はm/Nの1/3乗に比例する」
もちろん、先の仮定条件は実際にはあり得 ず、乱暴な議論ではある。しかし、性能の異なる2車を比較する際、基本的にはこのような関係にあることを知っていると役に立つ。
実例を以下に示してみる。
ビデオを見ながらストップウォッチで鈴鹿での直線全開時間を計ったことがあるが、大体20秒ちょっとというところだった(GP500)。1990年の日本GPのプラクティスのトップタイムのマシン等の諸元を次のとおりと仮定する(質量と重量とは意味が違う)。
排気量 | ライダー | マシン | 車体質量 | 燃料質量 | ライダー質量 | 後車軸出力 |
500 | Wayne Rainey | ヤマハYZR500 | 122kg | 10kg | 70kg | 165PS |
250 | John Kocinski | ヤマハYZR250 | 95kg | 8kg | 65kg | 85PS |
500のm/N=(122+10+70)/165=1.224
250のm/N=(95+8+65)/85=1.976
「一定距離の加速時間はm/Nの1/3乗に比例する」と仮定すると、250と500のm/N=1.976/1.224=1.614
1.614の1/3乗は1.173になる。
当時の直線での500ccの加速時間を24秒とすると、250ccとのタイム差は
24×(1.173−1)=4.15秒 になる。
実際のタイム差は4.7秒あったが、出力は全く異なるにしては、当たらずとも遠からずという数字だと思う。
同じMoto・GPマシンで出力が1割増加したとしても1.1の1/3乗は1.0325なので、現在の直線の加速時間を20秒とすると20×(1.0325−1)=0.65秒になる。時速288km=秒速80mだから、おおよその距離差は80×0.65=52m(かなり乱暴な計算だが)。
直線1本の加速時間を7秒とすると、7×0.0325×80=18.2m、見た目には圧倒的な直線の差が出でもタイムでみれは大したことはない。
ところで、以前は雑誌では0−400m加速(ゼロヨン)タイムを測定していた。(6)式とゼロヨンタイムから出力を計算すると、公表出力の50%位にしかならない。仮定条件の下での計算とはいえ違いすぎるのだが、実は他の要因がある。質量10kgの地球儀があると仮定する。 これを1m持ち上げるという仕事は10×1=10kgf・mだが、持ち上げても地球儀は回らない。地球儀を1m持ち上げると同時に(回転していない)地球儀を回すという仕事をすれば、10kgf・mより多くの仕事をしたことになる。バイクの場合も同様でバイクを加速するという仕事以外に、クランクシャフト→変速機→タイヤといった回転部分の回転速度を上げるという仕事をエンジンはしている。 乗用車の場合、1速で加速する時、エンジン出力の40%程度が自動車の加速に使われ、残りの60%程度が回転部分の 回転数上昇に使われる。そして2速、3速とギア比が高くなるにつれ 、自動車の加速に使われる割合が増加する。このため、同じ200PSであっても18000rpm(トルク=7.96kgf・m)で発揮するのと12000rpm(トルク=11.9kgf・m)で発揮するのとでは 、後者の方が(減速比が小さく)加速がよい。後者の方がトルクが大きいので、結果的に「トルクが大きい方が加速がいい」というのもあながち嘘ではない。 ただし、トルクの絶対値だけを比較しても無意味だ。トルクが20kgf・mあったとしてもその時の回転数が1000rpmなら出力は27.9PSにしかならない。 より重要なのはある瞬間に発揮している出力である。 |
2 走行抵抗を考慮
1の結果は走行抵抗を全く無視しているが、走行抵抗を考慮してみる。
次の前提条件で考える。
(1)
走行抵抗=転がり抵抗+空気抵抗とする(登坂抵抗は無視する)。
(2) 転がり抵抗係数は0.5758N/kgとする。
(3) 出力を一定とする。
あるマシンの真の最高速度(走行抵抗と駆動力が釣り合う時の速度、サーキットのように短い直線では達成できない)をVm(m/s)とし、ある時点での速度をV(m/s)、マシンの駆動に使われる出力をN(KW)、空気抵抗係数×前面投影面積=CdA、質量=m(kg)とする。
Vmの時の出力=N=走行抵抗×Vm=CdA×Vm^3+0.5758m×Vm
CdA=(N−0.5758×m×Vm)/Vm^3・・・@
ある速度Vのときの余裕出力Nvは
Nv=N−(CdA×V^3+0.5758m×V)・・・A
Vの時の加速度aはa=F/mなので、
a=Nv/(m×V)・・・B
仮に2002年型ホンダRC211Vの諸元を次のとおりとする。 Vm=335km/hr 質量=(145kg+燃料10kg+ライダー75kg) =230kg N=175PS※ |
※ |
この前提で、CdAを@式で求め、A及びB式からある速度Vでの加速度を求める。そして速度が1km/hr増加するごとに要する時間、走行距離を簡易計算すると別表の左のとおりになる。
RC211Vが鈴鹿サーキットのスプーンコーナーを立ち上がり、スロットル全開になってからブレーキ開始地点までの距離を700mとすると、最高速度は311km/hr、所要時間は9.3秒程度になる(同距離を900mとすると最高速度は319km/hrになる)。
ライバル某メーカー4気筒車の出力を160PS、CdAをRC211Vと同じとして計算するとサーキットでの最高速度は302km/hr、所要時間は9.5秒程度になる。
直線での距離差は0.2秒×85m/s≒17m程度になり、見た目には大差であるが、1周のラップタイム125秒の中では大した割合ではない。しかし、直線以外での速さが同じであれば、この差はライダーにとって非常に楽である。
ところで、別表の左でいくつか興味深いことがわかる。
(1) ブレーキを20m早くかけてもサーキットでの最高速度は1km/hrしか遅くならない。ブレーキをぎりぎりまで遅らせることによるリスク、コーナー進
入の困難さを考慮するとブレーキをぎりぎりまで遅らせるメリットはタイム上はあまりない。ライバルを抜きやすいというメリットはあるが。
(2) 質量を15kg小さくして計算してみると、最高速度313km/hr、所要時間は9.2秒となり、どちらも向上するが、時間の方が向上比が大きい。
また、2003年型RC211Vの出力を191PS(変速機出力側で240PS)とすると、別表の右のとおりとなり、鈴鹿での最高速は320km/hrになる。
ただ、実際にサーキットで計測される最高速度は次のような理由からあくまで参考値である。
・どこで測定しているか不明である。ブレーキ開始直前が最もスピードが高くなるが、ブレーキ開始地点は各車異なるはずである。したがって、ブ
レーキ開始地点の前、各車がブレーキをかけていない地点で測定しているだろう。あるいは車によってはブレーキ開始地点より後で測定してい
るかもしれない。
・風速1m/sは3.6km/hrである。測定時の風向・風速の影響は非常に大きい。2m/sの追い風が吹くと仮定すると、別表左の例ではRC211Vの最高速度は311km/hrから315km/hrに増加する。
もちろん、現実はこんなに単純ではないことは百も承知であるが、基本的にはこのような傾向にあることは理解しておく必要があると思う。
ところで、1の簡易式で2002年型RC211Vとライバル某メーカー車のバックストレートのタイム差を計算すると、
9.3×((175/160)^(1/3)-1)=0.28秒になる。
近似的な値を求めるのであれば、1の簡易式で計算して、若干、走行抵抗を考慮するだけで足りると思う。