エンジンの水ポンプ流量と水温

1 時間当たり放熱量は周囲の温度差に比例する

 お湯の冷める実験 (biglobe.ne.jp)
「ニュートン(イギリス1643~)の冷却の法則によると、「物体が放射によって失う熱量は、その物体と周囲との温度差に比例する。」ということである。これを式に表すと、温度をT、時間を t とし、初期の温度をTo、室温をTe、物質の熱容量や表面の状態・広さで決まる比例定数を k とすると、T=(To-Te)×e-kt+Teとなる」  

 ある物体が均一の材質で構成されていると仮定するなら、失われた熱量は温度低下に比例する。これを前提にして物体の温度変化について考える。  

で、上の式の元の式は次の一次式。  

d(TーTe)/dt=-k(TーTe)

 これを解くと

ln(TーTe)=-kt + A  

 t=0のとき(TーTe)=(T0ーTe)とするとA=ln(T0ーTe)

ln(TーTe)=-kt + ln(T0ーTe)
ln((TーTe)/(( T0ーTe))=-kt
(TーTe)/( T0ーTe)=e-kt
TーTe=( T0ーTe)e-kt
T=( T0ーTe)e-kt+Te  

 引用記事の式になった。なお、記事に書いていないが、k=0.04min-1である。
 さて、記事では下のように計算結果と実測値に差が出ている。
 

 元のデータが実測値だとするなら、この食い違いの理由として次のことが考えられる。

〇物体の周囲の空気は物体から熱を与えられ温度上昇し上方に流れるが、物体の温度低下により空気の流速が低下するので、温度低下が計算値より小さな数字になる。
〇水は容器に入っており、実験開始時は容器表面温度=水温だったが、実験開始後は容器表面温度<水温になり、時間当たり放熱量が減少した。  

 この「物体が放射によって失う熱量は、その物体と周囲との温度差に比例」は、エンジン本体(シリンダー、シリンダーヘッド、クランクケースなど)やラジエーターの走行風による冷却についても、いくつかの仮定条件の下で成り立つ。 F1(四輪)で冷却水温を上げることによってラジエーターを小さくし、空力を改善しているのはこの例である。  

2 水ポンプ能力と水温(1)

 

 以下、素人の私見である。

 水冷エンジンの水ポンプ流量によって、ΔT(エンジン出口温度-エンジン入口温度=ラジエーター入口温度-ラジエーター出口温度)は大きく変化する。一般に必要な水ポンプ能力は1PSあたり1L/minといわれるが、水ポンプ流量によってΔTがどう変化するか考える。

   冷却水損失(冷却損失の内、冷却水を経由するもの)は水ポンプ流量によって大きく変化するが、以下、変化しないものとして考える。したがって、以下は「こういう傾向もある」ぐらいに考えて欲しい。

 

 4ストロークエンジン、2ストロークエンジンの最高出力時の熱効率、冷却水損失比を次のとおりとする。

  4ストローク 2ストローク
熱効率 0.3 0.2
冷却水損失比 0.20 0.26

 そして、水ポンプ流量によってΔTがどう変化するかを見た。下図おいて横軸は出力1PSあたりの水ポンプ能力(L/min)、縦軸はΔT(℃)。

  4ストロークエンジンでは1PSあたり流量が0.8L/min辺りまでは流量増加によるΔT減少幅が大きいが、0.8L/min以上でΔT減少幅は小さくなる。2ストロークでは1.3L/minが境目である。

 ΔTが大きくなることによりエンジン各部の温度差が大きくなることも問題であるが、それ以上に問題なのは水流速が遅くなると

〇高温になりやすいシリンダーヘッド、特に点火プラグ周辺、排気ポート周辺の金属部の温度が高くなること
〇これらの部分及び水通路が狭い部分でしやすくなること


である。
 なお、4ストロークエンジンにある水通路の狭い部分は2ストロークエンジンでは少なく、上の曲線の差は、2ストロークの流量を同出力の4ストロークより大きくする必要があることを直接意味するものではない。


3 水ポンプ能力と水温(2)

 

 ホンダ水冷MT125R(ホンダ2ストローク単気筒市販レーサー+水冷キット(1978年9月5日MFJ公認))を例に考える。このマシンの諸元、走行条件等を次のとおりとする。★は私が設定したもの。

 

最高出力 31PS(おそらく変速機出力軸)/11000rpm

水ポンプ流量 15L/分(11000rpm) 
★水ポンプ流量(鈴鹿サーキット1周平均) 12L/分(0.2L/s)
★ラジエーター容量 0.5L
★エンジン水冷却損失 26%
★エンジン出口水温T0 75℃

★燃料比重 0.75

★燃料低位発熱量 10500kcal/kg

★鈴鹿サーキット(6.004km)燃費 14km/L  (1983年に最終コーナーがシケインが設置される前の状態)
★鈴鹿サーキットラップタイム 2min32s (1983年に最終コーナーがシケインが設置される前の状態)

★外気温Te 30℃

 

 上の諸元等から計算すると、1周平均で

冷却水損失 5.78kcal/s
ラジエータ入口・出口温度差 ΔT=28.9℃
ラジエーター通過時間 2.5s

 
 ラジエーター内の水温=ラジエーター表面温度と仮定し、1の式にこれらの数値を当てはめる。

T0=75℃、Te=30℃、t=2.5s、T=75-ΔT(s)として

T=( T0ーTe)e-kt+Te

75-28.9=(75-30)e-k×2.5+30
(16.1/45)=e-k×2.5

k=0.411 s-1  (1周平均)

  これらの数字を用い、水ポンプ流量を変化させた時のエンジン出口水温(ラジエーター入口水温)、エンジン入口水温(ラジエーター出口水温)を求めた(1周平均)。


 水ポンプ流量増大させることによりΔT(赤線と青線の差)が小さくなるだけでなく、エンジン出口水温も低くなる。実際には水ポンプ流量を増大させることにより冷却水損失も増大するので、水ポンプ流量増大によるエンジン出口水温低下はこの計算よりは小さくなるだろう。

 次に、この計算結果に加え、ラジエーターを均一(アッパータンクとロアータンクがないものとしたもの)と仮定し、水の通過段階毎(25%、50%、75%)の温度も求め、各部の水温を図に示した。下図において左が水ポンプ平均流量12L/min、右が25L/min(仮想条件)で、数字は各部の温度(℃)。


 ラジエーター上部の温度は左>右だが、下部では左<右となり、全体としてラジエーターの放熱量は左右で変わらない。左は水のラジエーター通過時間が長く水温が下がってしまうため、ラジエーター上部水温が高くなることによって放熱量を稼ぎ出しているともいえる。
 なお、これは水冷MT125Rについての試算であり、マシン、速度が変われば、結果は大きく異なる。そもそも、これは単純な条件設定による素人の試算である。

 このように水ポンプ流量を増大させればエンジン出口水温は低下するが、それ以上に大きな意味を持つのはエンジン各部の局所的な温度上昇を防げることである。一方で、水流量を増大させるとポンプ、エンジン各部でキャビテーションを起こしやすくなるので限度がある。

 1973年に日本製2ストローク500㏄4気筒が登場した頃の最高出力はせい90PS程度(変速機出力軸)だったが、2002年には200PSを超えようかというレベルになった。そしてコーナーリングスピードも増大(部分負荷出力増)した。
 このようにエンジン排気量・気筒数が変わらずともレーシングマシンの出力増加は際限がなく、特に4ストロークエンジンの冷却系の設計者の苦労は絶えない。

 1979年まで国産二輪車エンジンでは水冷は例外的な存在であったが、1980年以降、一般市販車エンジンの水冷化が進行した。その初期にはサーモスタットを持たないものもあったが、すぐにサーモスタット装着が一般的になった。

 サーモスタット装着の場合、バイパス経路を持つものと持たないものがある。下は一般市販車ではないがバイパス経路を持つ例(1974年型ヤマハTZ350)。

 赤矢印の付け根にサーモスタットが収まっており、水温が上昇しサーモスタットが開くと、水の大半は赤矢印方向に流れラジエーター上部に入り、ラジエーターで水が冷やされる。
 サーモスタットが閉じた状態では水は青矢印の細いパイプ(バイパスパイプ)を流れラジエーター下部に入り、ラジエーターコア部を通らず水ポンプに戻る。この結果、

A 低水温でサーモスタットが閉じた状態であっても、エンジン内に水が出入りしエンジン内の水流速はある程度確保される。
B 低気温での走行時でサーモスタットが少ししか開かない状態であっても、バイパス経路にも水は流れるので、バイパス経路がない場合よりエンジン内の水流速は大きくなる。
 
 さて、先の水冷MT125Rの例で、外気温30℃、水流量12L/min、エンジン出口水温75℃とし、75℃で全開となるサーモスタットを装着した場合、外気温15℃になると(バイパス経路なしで)エンジン出口水温75℃が確保されるためには、循環水量7L/min、エンジン入口水温25℃にしなければならない。エンジン入口と出口の水温差が大きいことも問題だが、水流速が低下し金属部の温度が高くなることが特に問題となる。
 バイパス経路を設けたとしても、上のTZのような細いパイプでは不十分で循環水流量増は補正レベルに留まる。また、バイパス経路を設けることにより、ラジエーター通過水量は減少するので、高気温時のラジエーター能力を大きくしなければならない。

 1970年代の国産2ストロークレーシングエンジンを見ると、当初はサーモスタットを装着する例が見られたが、後にサーモスタットが装着されなくなったのはこのような理由によるのだろう。低気温時はラジエーターをカバーすればよいし、循環水量は確保されるのでサーモスタットのような弱点はない。
 
 一般市販車でサーモスタットが装着されていてもバイパス経路※を持たない場合、低気温時に循環水量が大きく減少する。公道走行時循環水量減少は上のMT125Rの比ではなく、特に登坂路、高速道路の走行時はエンジン金属部の局所的な温度上昇の原因になっていた。水冷はエンジンの温度を管理するためのものであり、水温管理はその管理手法の一つに過ぎないことが忘れられていたように思う。

※青矢印の経路がラジエーター上部に流れるものを「バイパス」と称した例、サーモスタットの小さな穴を「バイパス」と称した例もあった。このような「バイパス」を設けるのは、サーモスタットが完全に閉じて全く水が流れなくなるとサーモスタット付近の水温上昇が遅くなるからであり、A、Bのような効果は期待できない。

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