排気量と回転数

 MOTO-GPの最大排気量が2007年から990ccから800ccに小さくなったが、回転数限界は近似的に

 気筒当たり排気量の1/3乗に反比例する

 ので、800cc化に伴い気筒数が少なくなるホンダを除き、高回転化は当然である。この関係に従えば、990cc並列4気筒に対して4気筒のまま800cc化するなら、回転数は(990/800)(1/3)=1.0736倍に増加することになる。2006年型の出力を250PS/15500rpm(変速機出力側、正味平均有効圧:14.66kgf/cm2)、最高回転数17000rpmとし、

 1.0736倍は、最高出力時回転数は15500rpmに対して16600rpm、回転数限界は17000rpmに対して18300rpmに相当する。

  出力は、回転数、排気量、正味平均有効圧に比例するので、正味平均有効圧を同じとすると、

 250 × (800/990) x 1.0736=217PS(/16600rpm)

 程度になる。これは単気筒当たりの排気量以外の要因は全く無視した近似式による結果であり、他の要因の差、性能向上を考慮すると、2007年型のMOTO-GPマシンの最高出力は215〜225PS(16500〜17500rpm)程度ではないかと想像する。

 以下、この近似式について説明する。

 1960年代のGPでは小排気量クラスで多気筒化が進んだが、私がレースに興味を持った頃(1970年代)、多気筒化によってどれほど回転数が向上するものなのか目安を付けようと考えた。

 あるエンジンAと、各部の寸法がAの2倍のエンジンBについて考える。回転数が同じとすると、単純に考えてBはAに対して

1 各部の寸法 2倍 5 往復運動部分(バルブを含む)の加速度(1に比例) 2倍
2 各部の面積 4倍 6 往復運動部分(バルブを含む)の慣性力(3と5の積) 16倍
3 各部の体積(排気量を含む)・質量 8倍 7 面積当たりの荷重(6を2で除) 4倍
4 排気量当たりのバルブ面積・ポート面積(2を3で除) 1/2倍 8 ピストン平均速度(1に比例) 2倍

 になる。航空機の世界では「2乗3乗の法則」と言われている。寸法を2倍にすると翼面積は2の2乗の4倍になり、機体重量は2の3乗の8倍(したがって翼面積荷重は2倍)になり、航空機の大きさを制限することになるのである。私は、エンジンでは慣性力を加えて「2乗3乗4乗の法則」と呼んでいる。回転数制限因子を下表左とすると、寸法を2倍にすれば下表右のように回転数を1/2倍にしなければならないことが分る。もちろん、回転数の制限する因子は他にも多い。

4 排気量当たりのバルブ面積 吸気流速が同じなら回転数を1/2倍にしないと同じ吸気量にならない。
7 面積当たりの荷重 回転数を1/2倍(慣性力は回転数の2乗に比例)にする
8 ピストン平均速度 回転数を1/2倍にする。

 「1/2倍」は「1/(排気量比)(1/3)」である。したがって、「回転数は気筒当たり排気量の1/3乗に反比例する」ことになる。もちろん、これはストローク/ボア比が各エンジンによって異なること等、他の様々な因子を全く無視した近似式である。

 BMW・M12/6(F-2、富士グランチャンピオン等で活躍:データは1973年)、フォード・コスワースDFV(F-1:データは1974年頃)、1976年型フェラーリ312Bエンジン(312T2に搭載)の諸元と近似式による換算値は次のとおり。

エンジン BMW M12/6(1973) フォード・コスワース DFV(1974) フェラーリ 312B(1976)
排気量 cm3 1991 2990 2992
気筒数 4 8 12
単気筒当たり排気量 cm3 497.7 373.8 249.3
ボア×ストローク mm 89×80 85.7×64.8 80×49.6
ストローク/ボア比 0.899 0.756 0.62
バルブ挟角 度 40 32 20
最高出力 PS/rpm 275/9000(市販状態) 450〜470/10000〜10500(推定) 500/12200
最高出力時正味平均有効圧 kgf/cm2 13.8 13.5程度 12.3
最高出力時ピストン平均スピード m/秒 24.0 21.6〜22.7 20.2
3L6気筒換算出力 PS/rpm 413/9000 409〜427/9090〜9540 397/11340
3L8気筒換算出力 PS/rpm 454/9910  - 437/10660
3L12気筒換算出力 PS/rpm 520/11300 515-538/11450〜12020   -

 これらのエンジンはストローク/ボア比も全く異なるが、M12/6の出力を元にした3リッター8気筒の換算値はDFVエンジンの実出力に近くなる。3リッター12気筒の換算値は312Bの実回転数とのずれが少し大きいが、312BのデータはM12/6が登場した年の3年後のものであることを考慮すると、その実質的な差は少なくなる。なお、312Bの実最高出力時正味平均有効圧は比較的低い。
 
 この「回転数は気筒当たり排気量の1/3乗に反比例する」から次のような関係も導き出される。

・気筒数が同じなら、出力は排気量の2/3乗に比例する。
・気筒数の異なる2種類のエンジンA、B(気筒数はA>Bとする)では、Aの気筒数がBの気筒数であれば、出力の点でAの排気量はAの本来の排気量の(Aの気筒数/Bの気筒数)(1/3)倍に相当する(例:1967年のホンダの297cc6気筒は、3気筒であれば297×(6/3)(1/2)=420cc、4気筒であれば、297×(6/4)(1/2)=364ccに相当する。)。


※ 雑誌等では、回転数の限界としてピストン平均スピードが示されるが、ストローク/ボア比の全く異なる上の3種のエンジンの比較で分るように、一定のピストンスピードが回転数を制限してはいない。ある排気量のままストローク/ボア比を変えショートストローク化すると高回転化できることが上の表からも分るが、ストロークに反比例するわけではない。ストローク/ボア比はエンジンの設計全体の中でエンジンの出来を左右する大きな要素ではあるが、他の様々な要素と合わせて決定されるものであり、複数のエンジンのストローク/ボア比だけを比較して優劣を評価するようなものではない。バルブ挟角についても同様である。

※ ホンダ990ccV型5気筒RC211Vについて、振動を打ち消すために前後のバンクでボアやピストン重量等を変えているのではないかと予想する人がいた。回転数の限界がピストンスピードだけで決まるならこのような予想も意味があるが、そのようなエンジンではボア・ピストン重量の最も大きい気筒により回転数が制限され、回転数限界が4気筒より低くなることも考えられる。

 (2024年3月加筆)
 「回転数限界は近似的に気筒当たり排気量の1/3乗に反比例」することは第二次大戦中の航空機用ガソリンエンジンについての記事の著者には全く知られていないようで、気筒あたり排気量が異なるエンジンの回転数を単純比較し「〇〇エンジンの回転数は高すぎる」というような記事をよく見かける。

 「三菱航空エンジン史 大正六年から終戦まで」松岡久光 グランプリ出版2017  
「(中島)「誉」の最大回転数は3,000回転/分であり、(三菱)A20は2,900回転/分となっている」 「この差は一見小さいものに見られるが、主クランク軸受にかかる荷重は回転数の二乗に比例して大きくなり、これほどの高回転を採用していた発動機の信頼性に大きな影響を持つものになる」
 「先行していたアメリカのプラット社やライト社の2,000馬力クラスの対応発動機が、この回転数を2600ないし2700回転/分程度に抑えて、無理な値を採っていないことを見ても〜日本側の高回転採用は背伸びしすぎていた感は免れないと思う」

 「悲劇の発動機「誉」」前間孝則 草思社2007
「(田中監督官の回想)「誉」と同クラスのエンジンであるR2800やR3350などの毎分の回転は2600とか2800で、「誉」みたいに3000じゃない。悠々と回っている。大量生産向きにゆとりのある設計しているんだなあと、あらためて感じました」
「(著者の記述)世界を見渡すとき、傑作エンジンで毎分3000回転に達しているのは「マーリン」である〜稀有な例であって、他国のメーカーがたやすく真似できるシロモノではない」  

 下表は記事に登場するエンジンについて、排気量、気筒あたり排気量等々の諸元と、誉の回転数を3000rpmとして、気筒あたり排気量により換算した各エンジンの回転数(右端列)を整理したもの。換算式はA20を例にとると 3000×(1.99/2.31)^(1/3)=2855 。

 誉の3000rpmをA20の気筒あたり排気量に換算すると2855rpmで、A20の公称2900rpmより小さな数字になる。これは誉の3000rpmという数字は(A20との対比で)その気筒あたり排気量からすると低めの数字であることを示す。
 本表の引用記事中の各エンジンの回転数は、その気筒あたり排気量からすると(マーリンを除いて)概ね同じレベルのように見えるし、誉の回転数は平均的かやや低めである。  
 回転数が制限因子だというなら、なぜ回転数が制限因子になるかを理解すべきだ。上の記事で「主クランク軸受にかかる荷重は回転数の二乗に比例して大きくなり」とある。確かに慣性力は回転数の二乗に比例するが、同時に(気筒数が同じなら)

エンジンストロークと往復運動部質量に比例する
 ↓
排気量の4/3乗に略比例する
 ↓
軸受接触面の面積は排気量の2/3乗に略比例する
 ↓
軸受接触面の面積あたり荷重は排気量の2/3乗に略比例する

ことが著者に理解されていないとしか思えない。
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