馬力の種類

  
 馬力に仏馬力(PS)と英馬力(イギリス、アメリカのHP)があることが知られている。

1仏馬力:750sf・m/s(重量キログラムメートル毎秒)
1英馬力:550ft・lb/s(フット・ポンド毎秒(lbはポンドの略号))

  これらをワットに換算すると

1仏馬力:735.5W
1英馬力:745.7W

 したがって、1英馬力:1.014仏馬力 になる。

 英馬力はヤード・ポンド法によるもので、HPは英語のHorse Powerの略なのでヤード・ポンドの国であるアメリカ、イギリス(現在はメートル法がかなり浸透している)においてHPといえば英馬力である。
 一方、仏馬力はメートル法によるものであり、仏馬力を採用している国では英馬力と区別するためPS(ドイツ語のPferde stärkeの略)を使用することが多い(フランスではch、イタリアではCV)。
 ただし、HPが全て英馬力というわけではない。オーストラリアはメートル法なのでオーストラリアでHPといえば仏馬力である。
 マツダ・ロードスター(1.5L)の日本での出力表示が131PSだった頃、各国でのマツダ輸入元による馬力表示はイギリス:129HP(131PSも表示)、フランス:131ch、オーストラリア:131HPだった。現在では日本を除きkWのみ表示している。

 日本はメートル法ではあるが、海外からの技術導入が多かったことから仏馬力だけではなく英馬力も用いられた。そもそも航空機エンジンといえばアメリカ、イギリスを抜きにして語ることはできない。また、1HPが750Wのいわゆる「日本馬力」も特定の用途に用いられたようであり、かなり混乱があった。

 そして、計量法(1951年制定)により工率はワットが原則となったが、内燃機関については仏馬力が当分の間、有効とされた。以下、自動車、バイクに関し計量法制定以降の該当規定を整理した。
 
1 計量法(1951年制定、以下「旧計量法」)

 旧計量法制定(一部条項を除き1952年3月1日施行)により工率の単位はワットになった。該当規定は次のとおり。

旧計量法第5条 面積、体積、速さ、加速度の大きさ、力の大きさ、圧力、仕事、工率、熱量、角度、流量、粘度、密度、濃度、光束、光速、照度、周波数及び騒音の大きさの計量単位は、左の通りとする。
 第8号 工率の計量単位は、ワツトとする。
      ワットは、1秒につき1ジュールの工率をいう。
 その後、第8号にkgf・m/sが追加された。

1961年改正旧計量法第5条
 八 工率の計量単位は、ワット及びキログラムメートル毎秒とする。     
   ワットは、一秒につき一ジュールの工率をいう。     
   キログラムメートル毎秒は、一秒につき一キログラムメートルの工率をいう。

1966年改正旧計量法第5条
 八 工率の計量単位は、ワット及び重量キログラムメートル毎秒とする。     
   ワットは、一秒につき一ジュールの工率をいう。     
   キログラムメートル毎秒は、一秒につき一重量キログラムメートルの工率をいう。

  英馬力、仏馬力の扱いについては計量法施行法第9条(1951年制定、1952年3月1日施行)により定められた。

計量法施行法第9条 英馬力及び仏馬力は、昭和33年12月31日までは、新法(注:旧計量法)による法定計量単位とみなす。
2 英馬力は、746ワツトの工率をいう。
3 仏馬力は、735.5ワツトの工率をいう。  

   1951(昭和26年)年6月7日付け官報第7321号163頁の写し。


 英馬力はそのまま1958年(昭和33年)に失効したが、仏馬力は次の2度の計量法施行法改正により内燃機関に関して当分の間効力を有することとなった。なお、「当分の間」とは「その規定が改正又は廃止されるまでの間 」の意であり、後述の新計量法制定による旧計量法、計量法施行法の廃止まで計量法施行法第9条が有効だった。

1958年改正計量法施行法第9条 英馬力は、昭和33年12月31日までは、新法による法定計量単位とみなす。
2 英馬力は、746ワツトの工率をいう。
3 仏馬力は、昭和36年12月31日までは、新法による法定計量単位とみなす。
4 仏馬力は、735.5ワツトの工率をいう。  

1961年改正計量法施行法第9条 英馬力は、昭和33年12月31日までは、新法による法定計量単位とみなす。
2 英馬力は、746ワツトの工率をいう。
3 仏馬力は、内燃機関に関する計量その他の政令で定める計量については、当分の間は、新法による法定計量単位とみなす。
4 仏馬力は、735.5ワツトの工率をいう。

 一方、1960年頃のJIS(日本工業規格、現日本産業規格)におけるkWとPSの状況は次の通り(出典:馬力に関する座談会発言要旨および資料(日本機械学会誌第63巻501号))であり、計量法に従ってワット、PS(出典の本文でPSを仏馬力としている)がJISで用いられていたことが分る。

2 計量法(1992年制定、以下「新計量法」)

 旧計量法に代わる新計量法が1992年に制定(1993年11月1日施行)され、ワットが旧計量法と同様に計量単位となったが、同法附則第6条により仏馬力も内燃機関及び外燃機関に関しては当分間使用できることとされた。

新計量法第2条 この法律において「計量」とは、次に掲げるもの(以下「物象の状態の量」という。)を計ることをいい、「計量単位」とは、計量の基準となるものをいう。  
 一 長さ、質量、時間〜〜仕事、工率〜

第3条 前条第1項第1号に掲げる物象の状態の量のうち別表第1の上欄に掲げるものの計量単位は、同表の下欄に掲げるとおりとし(注:別表第1では工率はワットとなっている)、その定義は、国際度量衡総会の決議その他の計量単位に関する国際的な決定及び慣行に従い、政令で定める。

 
新計量法第3条に基づく政令(計量単位令)が1992年に定められ、計量単位令第2条でワットの定義が規定された。

計量単位令第2条 法第3条に規定する計量単位の定義は、別表第一のとおりとする。

   計量単位令別表第1中第17号 工率 ワット 1秒間に1ワットの工率

新計量法附則第6条 仏馬力は、内燃機関に関する取引又は証明その他の政令で定める取引又は証明に用いる場合にあっては、当分の間、工率の法定計量単位とみなす。
2 仏馬力の定義は、政令で定める。

計量単位令第11条 法附則第6条第1項の政令で定める取引又は証明は、次のとおりとする。
 一 内燃機関に関する取引又は証明
 二 外燃機関に関する取引又は証明
2 法附則第6条第2項の政令で定める仏馬力の定義は、ワットの735.5倍とする。

参考1 Wikipdiaの「馬力」

 Wikipdiaの「馬力」では「日本における馬力」として次のように書かれている(2024年6月4日現在)。

日本における馬力

計量法

  1999年施行の新計量法では、仏馬力のみを暫定的に採用した。すなわち計量法附則第6条と計量単位令第11条は、「仏馬力は、内燃機関に関する取引又は証明その他の政令で定める取引又は証明(=外燃機関にする取引又は証明)に用いる場合にあっては、当分の間、工率の法定計量単位とみなす。」とし、計量単位令第11条第2項は、1仏馬力 = (正確に)735.5ワットと定義している。 これは、新計量法がSIを全面的に導入するために制定されたものであり、本来であればSI組立単位であるワットを使うべきであるが、馬力がいまだに広く使われており、これを廃止すると混乱を招くために移行措置として当分の間、暫定的に使用を認めているものである。今日でも、レシプロエンジンの出力表示にはキロワット (kW) とともに馬力(仏馬力)が併記されることがある。 特に自動車用エンジンについては、キロワット (kW)表示は新計量法導入から20年以上経過した現在においても、個人ユーザーから事業者レベルに至るまでほとんど浸透しておらず、カタログにはkWを主として、依然としてPSが併記されている。 

過去の経緯
 日本の旧計量法では、1馬力は英馬力とも仏馬力とも違い、仏馬力をベースに重力加速度を(正確に)10 m/s2として計算した750ワットとしていた。これを日本馬力と呼んでいたことがある。日本馬力は1999年施行の計量法で廃止された。

 

 この記述の誤りは次の通り。

1 「1999年施行の新計量法では、仏馬力のみ暫定的に採用した」

 新計量法の施行年月日は1993年11月1日。既存の計量単位は新計量法附則第2条により3段階に分けた猶予規定が設けられ、「1999年」は最後の猶予期間(1999年9月30日まで)が満了した年(重量キログラムメートル毎秒もこの時に廃止)。また、旧計量法及び計量法施行法でも1959年1月1日以降は仏馬力のみ有効となっていた。

2 「キロワット(kW)表示は新計量法施行導入から20年以上〜」

 ワットの初導入が新計量法によるような書き方だが、1951年制定の旧計量法でもワットが原則で仏馬力が内燃機関に関して「当分の間」有効とされており、新計量法でも変わらなかった。

3  「日本の旧計量法では、1馬力は英馬力とも仏馬力とも違い、仏馬力をベースに重力加速度を(正確に)10 m/s2として計算した750ワットとしていた」

 そのような規定はなかった。旧計量法上、工率の計量単位はワット(当初から)と重量キログラムメートル毎秒(1961年改正後)であり、計量法施行法により仏馬力(1馬力735.5W)も旧計量法の計量単位として認められていた。

参考2 日本馬力

 物理学会誌15巻9号(1960)の巻頭言(木内正蔵)に

「仕事率の単位’馬力’には英馬力,仏馬力,日本馬力(=0.750kW)などがあつて混乱したのであるが,メ ートル法に基づいた現行の計量法ではこれらはいずれもとり入れられず,ワット,キロワット(W,kW)がもつばら仕事率単位に使用されることになつた。ただ廃止される単位にもそれぞれ猶予期間があつて,仏馬力は昭和36年末までは使用できることになつている。これは,毎秒75キログラム重・メートル=735.5Wの重力単位系のものである」(注:計量法施行法に日本馬力の規定はなかった)

とある。また、旧計量法制定前の「新法に規定すべき計量単位の範囲並にその定義」についての商工省から日本学術会議への諮問文における商工省案では、効率の単位にキロワット、補助単位にワットと馬力(1馬力が0.75kW)を提案していた。  

「キロワットの四千分の三」は「キロワットの四分の三」の誤りと思われる。「HF」は[HP」の誤りかどうかは分らない。

 このようなことから、いわゆる「日本馬力」が存在したことは分るが、どのような分野で用いられたのか分らない。「船用機関データ・ブック」(船用機関研究グループ、成山堂書店1971)の単位換算表には英馬力、仏馬力と並んで「日本制定馬力」(76.12kgf・m/s、500.4ft・lb/s、746ワット)があるが・・・

 明らかに1馬力=0.75kWと分るのは法令の規定である。旧計量法制定前、1950年制定の建築基準法の別表第1に馬力規定があった。

〇住居地域内に建築してはならない建築物
 三 左の各号に掲げる事業を営む工場(注:官報では縦書きのため「下の各号」ではなく「左の各号」となっている)
  (二) 馬力数の合計が〇・二五以下※の原動機を使用する塗料の吹付  
  (五) 木材の引割若しくはかんな削り、裁縫、機織、ねん糸、組ひも、編物、製袋又はやすりの目立で馬力数の合計が一をこえる 原動機を使用するもの  
  (六) 印刷、製針又は石材の引割で馬力数の合計が二をこえる原動機を使用するもの
〇商業地域内に建築してはならない建築物 
 三 左の各号に掲げる事業を営む工場
  (六) 馬力数の合計が〇・二五をこえる原動機を使用する塗料の吹付

 ※商業地域で規制するものを住居地域でも規制する規定が一号にある→住居地域では馬力に関係なく原動機を使用する塗料の吹付事業はできないという趣旨

 そして、これらの馬力規定が1959年4月に次のように改正された。
  0.25馬力→0.75キロワット 1馬力→0.75キロワット 2馬力→1.5馬力  

  1馬力、2馬力については1馬力=0.75キロワットとして換算されている。0.25馬力が0.75キロワットになった理由は分らないが、0.25馬力で規制する意味があまりない施設として見直しされたのだろうか?  

 旧計量法、計量法施行法により英馬力は1958年12月31日で計量法上効力を失った。仏馬力も当初は同日で効力を失うはずだったが、計量法施行法改正により1961年12月31日まで効力延長された後、再改正により内燃機関に関しては当分の間効力が継続した。このような時期に建築基準法が改正されたが、おそらく多くの法律、政省令等で、この時期前後※に統一的に1馬力=0.75kWで改正されたものと思われる。
 ※この建築基準法の改正は単位の見直し以外の規定の改正もあったので、「ついでに」単位も見直しされたのだろう。法令によって改正時期が異なったかもしれない。  

 また、1968年制定の騒音規制法施行令では規制対象施設の能力をワットで示していたが、0.75kWの倍数のものが見られる。  

騒音規制法施行令別表第1(第1条関係)
 一 金属加工機械  
  イ 圧延機械(原動機の定格出力の合計が二二・五キロワット以上のものに限る。)  
  ハ ベンディングマシン(ロール式のものであつて、原動機の定格出力が三・七五キロワット以上のものに限る。)
  (他は省略)    

 このように今でも日本馬力は姿を変えて生き残っている。

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