相互逆回転2軸クランクV型エンジンの1次慣性力の釣合 1985年以降のヤマハ500ccファクトリーマシンのエンジンは2ストローク相互逆回転2軸クランクV型4気筒だが、1次慣性力の釣合から、その点火サイクルは1番(下左)気筒・4番(上右) 気筒と2番(下右)・3番(上左)の各組がそれぞれ同時点火で、各組の点火間隔は180度だと私は考えていた。実際、右写真(1991年のゴロワーズ・ヤマハ500)では、2番、3番ピストンが上死点付近にあり、私の考えが裏付けられてい た。
一方、バイカーズステーション誌2005-1では「右側の上下2気筒が同時に燃焼した後、クランクが180度回転したところで左側の上下2気筒が同時に燃焼する」とあり、ヤマハ
YZR500 アーカイヴ1978-1988(2005大日本絵画)でも同様の記述がある。 そして、RACERS Volume24(2014三栄書房) でその理由等が説明されているが、上下気筒のずれ(右写真では上側気筒が下側気筒に対して向かって左にずれている)が無視されているし、「1番・3番が同時点火で180度後に2番・4番が同時点火」でない理由等々も明確ではない。 そこで相互逆回転2軸クランクエンジンの慣性力の釣合について整理してみた。 |
1 1気筒
まず、1軸バランサーシャフトを有する1気筒エンジンについて考える。 1次慣性力=Pcosθ(θ:上死点からの回転角)とする。
左図右側は1気筒エンジンのピストンが上死点にある時で、クランクシャフトは向かって右回り(灰色矢印が回転方向)。 しかし、左図で分るように、全体が左に回る偶力を生じている。 右図はクランクシャフトがさらに90度回転した状態で、1次慣性力=0で、クランクシャフト、バランサーシャフトの遠心力は釣り合っている。 |
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1気筒エンジンの1次慣性力を、偶力が生じないよう完全に釣り合わせるためには、クランクシャフト前後に0.25Pの遠心力を生じるバランサーシャフトを配置すればよい。 |
2 2気筒
(1)同時点火
下左図は60度V型2気筒エンジンを右側から見たもの。両気筒のクランクシャフトはギアで直接連結しており、下側クランクは向かって右回り、上側クランクは向かって左回り。同時点火で、図はピストンは上死点。
クランクバランスウェイト遠心力を上の1気筒と同様1次慣性力(黒矢印)と反対方向に0.5P(青矢印)とすると、両気筒の
不釣合の合計は0.866Pになる(図に示していない)。
さらに互いの気筒をバランサーシャフトとして使うことを考える。下中図で、下側気筒の1次慣性力の不釣合 (黒矢印から青矢印を差し引いたもの=黒矢印方向に0.5P)を上側気筒で釣り合わすためには、上側クランクに赤矢印0.5Pを加えればよい。そして上側気筒の青矢印と赤矢印の和は空色矢印0.866Pになる。つまり、実際には空色矢印の方向(下死点方向から30度のずれ)に0.866Pの遠心力が発生するようクランクバランスウェイトを設定すればよい。
そして、空色矢印と黒矢印の和(上側気筒の不釣合)は黄色矢印になる。下側気筒のクランクバランスも同様であり、両気筒の不釣合
(黄色矢印)は相殺される。
上右図は下中図からクランクシャフトが90度回転した状態で、各気筒の1次慣性力は0で、各気筒の不釣合(この場合はクランクバランスウェイト遠心力空色矢印0.866Pのみ)は釣り合う。 (2)180度点火 左図は下側気筒が上死点、上側気筒が下死点の状態で、(1)と同様にクランクバランスウェイトを設定すると、バランスウェイトは下死点方向から60度ずれた方向に0.5P(空色矢印)になる。そして、各気筒の不釣合(黄色矢印0.866P)の力は釣り合うが、 左回り偶力を生ずる。右図はさらに90度回転した状態で、各気筒の不釣合(この場合はクランクバランスウェイト遠心力空色矢印0.5Pのみ)は左回り偶力を生じている。 180度間隔点火の場合、1次慣性力を完全に釣り合わすことはできない。
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(3)90度点火 | |||
左図は下側気筒が上死点、上側気筒が上死点前90度の状態で、(1)と同様にバランスウェイトを設定すると、下側気筒のバランスウェイトは下死点方向から75度ずれた方向に0.259P(空色矢印)、上側気筒のバランスウェイトは上死点方向から75度ずれた方向に0.966P(空色矢印)になる。下側気筒の不釣合は、上死点方向から15度ずれた方向に0.966P(黄色矢印) になり、上側気筒の不釣合(空色矢印)と、力は釣り合うが左回り偶力を生ずる。そして90度回転すると(右図)、右回り偶力を生ずる。 これも1次慣性力を完全に釣り合わすことはできない。 (1)〜(3)から、1次慣性力を釣り合わすためには同時点火でなくてはならない。 |
3 4気筒(180度同時点火) | |||
(1)対角線気筒同時点火 左図は60度V型4気筒を右斜前から見たもので、図中のNoは気筒番号。1、4番気筒が下死点、2、3番気筒が上死点。 上の「2 2気筒-(2)」のとおり、上下気筒で慣性力を釣り合うようバランスウェイトを設定した。 右図は各気筒の不釣合(黄色矢印)を整理したもので、黄色矢印の始点が各気筒クランク中心。上側気筒は下側気筒に対し、向かって左にずれている。 |
1・2番気筒の不釣合力による偶力と3・4番気筒の不釣合力による偶力は逆向きで大きさは等しく、平行な面にあるので、相殺される。 左・右図はさらに90度回転した状態で、1・2番気筒の不釣合力による偶力と3・4番気筒の不釣合力による偶力は逆向きで大きさは等しく、平行な面にあるので、相殺される。
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(2)前後気筒同時点火 左図は1、3番気筒が下死点、2、4番気筒が上死点にある。
右図で分るように各偶力は全て相殺される。 下左図・右図はこれから90度回転した状態で、同様に各偶力は相殺される。 つまり、対角線気筒同時点火でも前後気筒同時点火でも、1次慣性力を完全に釣り合わすことができる。 |
ただ、バランスウェイトを、前者は0.5P、後者は0.866Pの遠心力相当分にする必要がある。 クランクウェブの体積をクランクピン側を含めて大きくし1次圧縮比を高くしなければならない2ストロークレーシングエンジンにとって、バランスウェイトをあまり大きくしない方が製作が容易であり、これが対角線気筒同時点火がヤマハに採用された理由と思われる。 一方、RACERS Volume07(2011三栄書房)64頁写真からすると、カジバC590は前後気筒同時点火のようだが、前後気筒同時点火にもクランクシャフトベアリング荷重が少ないという長所がある(2次慣性力を考慮、スロットルをあまり開けていない場合)ためと思われる。 |
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4 4気筒(90度同時点火) ここからは70度V型4気筒90度間隔同時点火について考える (1)対角線気筒同時点火 これまでと同様に前後気筒で1次慣性力が釣り合うようにバランスウェイトを設定すると、左・右図のとおり、2方向の偶力が釣り合わない。 右図の赤矢印から見た偶力は前後クランクの位置関係によっては釣り合う可能性がある。 |
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左・右図はさらに90度回転した状態。2方向で偶力が釣り合わない。 右図の赤矢印から見た偶力は前後クランクの位置関係によっては釣り合う可能性がある。 |
(2)前後気筒同時点火 左列(向かって右、1・3番)と右列(向かって左、2・4番)で偶力の向きが逆だが、大きさが異なるので、釣り合わない。 下左・右図はさらに90度回転した状態で、偶力は全く釣り合わない。 1次慣性力の釣合からすると、前後気筒同時点火の方が不釣合が少ないように思える。 一方、ヤマハのウェブサイトでは、0WE0(1992年型YZR500)について次のとおり記述されており、対角線上の2気筒が同時爆発としている。 |
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エンジンのトルク特性は爆発トルクとクランク回転慣性トルクの合力で決定される、という点に着目し、第9戦ハンガリーから位相同爆方式(0度・90度間隔で対角線上の2気筒が同時爆発する。従来は180度間隔)を採用。 一方、別の頁では次のとおり、どの気筒が同時点火なのかは示していない。 第9戦のハンガリーGP以降は、位相180度の等間隔2気筒同時爆発を位相0度・90度の不等間隔2気筒同時爆発に変更。低中速域でのトラクション性能向上をはかり、コーナー脱出力を高めた。 |
参考 RACERS Volume24・ 76-77頁の記述はよく書けている部類だが、少し補足する。 (1)180度間隔2気筒同時点火V型4気筒 76頁左図の赤矢印は同頁右図のもの(0.5P)より大きく(0.866P(60度V)または0.819P(70度V))した方がよい。 |
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77頁右図中、バランスセンターの位置は、もう少し下側にした方がよい。クランクピンの反対側から30度(60度V)または35度(70度V)の位置。
また、クランクパランスが0.5Pでは不十分であることを文中に書くべき。 (3)90度間隔2気筒同時点火V型4気筒 77頁左図中、バランスセンターの位置は、もう少し下側にした方がよい。クランクピンの反対側から35度(70度V)の位置。赤矢印も、右図中の黒矢印のとおり大きく(0.819P、0.574P)した方がよい。 |
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