3 諸元
いずれも推定を含む。
RC115E/RC115F | 2RC115E/RC115F | RC116E/RC116F(注1) | |
ボア×ストローク o | 34×27.4 | 34×27.4 | 35.5×25.14 |
バルブ数 | 4 | 4 | 4 |
バルブ径 o | 吸13.5 排11.5 | 吸13.5 排11.5 | 吸13.5 排11.5 |
バルブステム径 o | 3.5(吸、排) | 3.5(吸、排) | 3.5(吸、排) |
バルブタイミング(IO、IC、EO、EC) 度 | 30、40、40、30 | 30、40、40、30 | 30、40、40、30 |
バルブリフト o | 5 | 5 | 5 |
バルブ挟角 度 | 吸24 排32 | 吸24 排32 | 吸24 排32 |
カムシャフト駆動方式 | スパーギア | スパーギア | スパーギア |
点火プラグ径 o | 8 | 8 | 8 |
圧縮比 | 9.7 | 10.3 | 10 |
ピストンリング数、幅 o | 2、0.6 | 2、0.6 | 2、0.6 |
クランクシャフト平均軸径 o | 12.4 | 12 | 12.4 |
キャブレター | ケイヒン フラットバルブ19o | ケイヒン フラットバルブ19o | ケイヒン フラットバルブ21o/ 燃料噴射(注2) |
点火方式 | トランジスタ | トランジスタ | トランジスタ |
最高出力 PS/rpm | 12.8/19250 | ? | 13.7/20500 |
変速機段数(別頁参照) | 公称は9速(技術者によるとホンダの50cc2気筒レーサーは、最大12速で最後は10速に落ち着いたとのことだが、(オートスポーツ1978-7-1)、テープ起こしの段階の誤りだろうか) | ||
タイヤサイズ(前/後) | 2.00-18/2.25-18 | 2.00-18/2.25-18 | 2.00-18/2.25-18 |
ブレーキ(前/後) | キャリパー/2リーディング | キャリパー/2リーディング | キャリパー/2リーディング |
エンジン開発開始時期 | 1964年8月 | ? | 1965年4 |
注1:1966年型はRC116と呼称されているが、エンジン、フレームの打刻はRC115であった可能性がある。 2:全て燃料噴射タイプだったわけではないようである。 |
4 現存するマシン
ホンダが保有する以下のマシンはいずれもエンジン打刻が「RC115E-20×」である。
下表のとおり(1)〜(3)及び当時の写真を比較するとエンジン等に違いが認められる。
「ア〜カ」は左の写真(1965マン島でのダウン型、再掲)の排気管付近の矢印をアとして左回りに付けた記号(カを除く)である。他にも違いがあるが、レストアの段階で加工された可能性があるため省略した。
(1) | (2) | (3) | 65フランス、 アップ型 |
65TT、 ダウン型 |
65日本、 ブライアンズ車 |
65日本、 アップ型 |
66マン島、 タベリ車 |
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ア シリンダーヘッドの冷却フィンの枚数 | 4枚 | 5枚 | 4枚 | − | 4枚 | − | 5枚 | − |
イ 各カムシャフト間のギアケース上形状 | 直線 | 膨らみ | 直線 | − | 直線 | − | − | − |
ウ 吸気側カムギアカバー上端形状 | 台形 | 半円 | 台形 | − | 台形 | − | − | 台形 |
エ キャブレター前のカムギアケース後端の縦方 向リブの有無 |
? | 有 | 有 | − | 無 | − | − | − |
オ 右クランクケースカバー前端形状、ボルトの位置 | 窪み無 | 窪み無 | 窪み無 | − | 窪み有 | − | − | − |
カ フレームブリーザー取付部有無 | 無 | 無 | − | 有 | 有 | 無 | − | − |
八木氏が書かれた「ホンダの二輪レース用機関の出力特性−機関諸元の選定−」(1994HONDA
R&D Technical Review)によると1965年後半に2RC115Eが使用されたということであり、65TTダウン型をRC115Eとすると、シリンダーヘッド冷却フィン数等から65日本アップ型、(2)は2RC115Eであると考えられる。
左の写真はおそらく1966年にヨーロッパで撮影されたものと思われるが、エンジンは(3)に酷似している。
RC116について疑問なのは125cc、250cc、350cc、500ccのホンダレーサーはいずれも最終型が現存しており、297cc6気筒に至っては「RC174E-802」と打刻された1968年型のエンジンまで現存しているにもかかわらず「RC116」と打刻されたエンジン、フレームが確認できていないことである。
仮に1966年序盤に2RC115Eが用いられたのであれば、その後に登場したRC116Eがカルネ取得の手間を省くためRC115Eと打刻されたことが考えられる。66マン島タベリ車のウが(3)と同形状であることも考慮すれば(3)のエンジン打刻がRC115Eであっても中身はRC116Eではないだろうか?
(1)は? エンジンの外観は65マン島時と異なるし、不明のエを除き(3)に酷似している。エンジン番号はRC115E-201なので1965年後期以降のエンジンと思われる。(3)と同様に1966年型RC116の可能性がある。(1)、(3)とも、単なる(2)の2RC115Eの別仕様の可能性もあるが。
現存するフレームの打刻はいずれも「RC115F-10×」であり、番号からは1965年型初期を思わせるが、フレームへのブリーザー取付部がないことからすると1965年後期以降に使用されたものと思われる。おそらく1965年日本GPで登場し、そのまま1966年も使用されたのだろう。
なお、(1)-(3)はレストア後の状態であるが、過去に公開されたレストア前の状態のマシンは次の(a)、(b)である。エンジンを積み替えたりしていなければ、(a)が(1)に、(b)が(2)にレストアされたのだろう。
2005年現在、ホンダコレクションホールに展示されている(1)のマシンは「RC116」と表示されている。上で(1)、(a)について書いたことと合わせて考えると、このマシンはエンジン/フレーム番号がRC115にも関わらずRC116のようだ。 |
(4)RC115E-102(エンジンのみ) 右は個人が保有するエンジン。冷却フィンは4枚。(1)〜(3)と異なり、排気カムシャフト左カバーに回転計ケーブル駆動機構がない、エンジンの外観、エンジン番号102といったことからすると、このエンジンは1965年前半に用いられたRC115Eだと思われる。 |
(5)-(フレームのみ、フレーム番号不明)
RC116のものといわれるフレームが現存している(他機種エンジンを搭載)。フレーム番号も確認できていないが、伝え聞く流出ルートからするとRC115F、RC116Fの可能性が高い。その他の事は不明。